「ねぇ、私と16時のチャイム、聞いちゃってよかったの?」
 小春が小さく笑いながら聞くと、夏樹は無言で腕の力を強めた。

「うるせぇ。そんなジンクス、迷信だろ」
 ぶっきらぼうな口調だけど、耳まで赤くなっているのが分かる。

「もし、本当だったら?」
 小春がわずかに首をかしげて問いかけると、夏樹は一瞬だけ目を細めて考えるように黙る。

「……仕方ねぇからお前と一緒にいてやるよ」
 ぶっきらぼうだけど、声の奥には隠せない強さと確信が混ざっていた。
 小春の胸は、一瞬でぎゅっと熱くなる。

「……ふん、ほんとに強引なんだから」
 思わず小さく笑うと、夏樹は口元だけをわずかに緩め、無言で腕を引く。

 少し歩くと、ふと夏樹が小声で言った。
「……ていうか、お前、秋になんて言ったんだ?」
「……さぁ?どうでしょう?」
「お前、本当に性格悪いな」
 夏樹の顔は真剣で、でもその目はどこか楽しそうで――胸の奥がまた、じんわりと温かくなる。

「それはお互い様でしょ。私のこと、誰にも渡したくないんだもんねぇ?」
 小春は少し意地悪に返す。
 夏樹は小さく舌打ちをしながら恥ずかしそうに俯いた。

 夕陽が差し込む廊下。二人の影がゆっくりと重なっていく。
 掴まれていた腕から、気がつけば自然と手を繋いでいた。
 その手の温もりが、もう離れないように絡まって――

「……もう、フラフラするんじゃねーぞ」

 夏樹が今、隣にいる。
 その事実だけで、世界が少しだけ優しく見えた。

 窓の外では、秋の空がオレンジ色に染まっていく。
 16時のチャイムはもう止んでいるのに、
 胸の奥ではまだ、ふたりだけの音が鳴り続けていた。