夏樹は無言のまま、私の腕を引き、教室を後にした。

 廊下に出ると、まだ文化祭のざわめきが響いていた。
 でも、私の世界には夏樹しかいない。

「……なっ、なつくん、ちょっと…力強いよ」
 小さく声を漏らすと、夏樹はちらりとこちらを見て、眉をひそめた。

「離すかよ。……行くぞ」
 その声はぶっきらぼうで、でもどこか焦っていて、少しだけ乱れているのが分かる。

 指先にこもる力は、いつもよりずっと強い。
 言葉にしなくても、夏樹の焦りや戸惑いが、その手のひらから伝わってくる気がした。

 廊下の人混みを縫うようにして歩く。
 手を握られた感触が、ずっと離れない。
 腕の中の温もりは、私の胸の奥をじんわり熱くする。

(……ほんとに来てくれたんだ)
 嬉しさと、ときめきが胸の中で混ざる。

 夏樹の背中が、昔、迷子になった私を見つけてくれたあの日と重なって見えた。
 腕の中にある確かなぬくもりが、今度こそ離したくないと思わせる。

「……ちょっと、息切れしてる?」
 思わず笑いそうになりながら言うと、夏樹は軽く肩をすくめ、でも口元だけがほんのり緩む。

「……バカ、そんなんじゃねぇよ」
 言葉はぶっきらぼうだけど、耳まで赤くなっているのが分かる。
 その姿に、また胸がぎゅっと熱くなる。

 廊下の角を曲がると、文化祭の喧騒が遠くなり、二人だけの時間が少し長く感じられた。
 夏樹に引かれたまま歩く足取りは、自然と早まったり遅くなったりしながらも、私の心を強くとらえて離さない――