そっと扉を押すと、教室の中は静かだった。
 窓のすぐ側で、差し込む光の中、秋がひとりで立っているのが見えた。
 私に気づくと、秋は小さく微笑んだ。

「……来てくれたんだね」
 その声に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
 笑顔なのに、どこか切なさを含んでいる。

 私はゆっくり近づき、空いている席の前で立ち止まる。
 背中にはまだ夏樹のぬくもりが残っている。
 それでも、今ここで決めなければならない。

(……ごめん、秋)
 言葉にしなくても、わかってほしい。
 そんなずるい私がいた。
 声に出すのは怖くて、胸が苦しい。

 時計の針は15時55分を回った。
 あと5分で16時。

 教室の空気が、いつもよりずっと重く、静かに張りつめている。
 私の手は机の端をぎゅっと握りしめていた。

 秋が静かに目を伏せ、そして再び私を見る。
「……もうすぐ、チャイムだね」
 その声は震えていない。
 でも、何かを覚悟していることが伝わって、胸が痛い。

 息を整えて、私は小さくうなずく。
 ――この瞬間、私の答えを、ちゃんと示さなきゃ。