秋は軽く手を払って、机の端を整えた。
「……よし、これで終わりだな」
 そう言うと、私のほうを振り返ってにこりと笑う。

「一緒に作業できて嬉しかったよ。また明日ね」
 その笑顔には、やっぱり余裕があった。

「僕のこと、沢山考える魔法」
 そういってぽん、と頭を撫でた。

 胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
 秋の言葉が耳に残って、頭の中で繰り返される。
 ――沢山、考える魔法。
 そんなの、かけられなくても考えてしまうのに。

 秋がドアの向こうに消えていくのを、私はただ見送ることしかできなかった。

 夏樹だけのお姫様になりたかった。
 ずっとそう思ってたはずなのに、揺れてしまっている自分がいた。

 教室に残ったのは、私と夏樹だけ。
 静けさが降りて、机や椅子を動かす音だけが響く。

「……」
 夏樹は黙々と片付けを続けていた。
 でも、いつもより動作が荒っぽい。椅子を並べる手つきが少し乱暴で、心なしか肩も強張って見えた。

 気づけば、私の手元の雑巾をひょいと取り上げて――机をさっと拭いていく。
「な、なつくん……」
 呼びかけても、視線を合わせてくれない。

「お前、遅ぇんだよ。見てらんねー」
 ぶっきらぼうな声。
 でも、拭かれた机は私がやったよりもずっと丁寧にピカピカになっていく。

 胸の奥が、じんわり熱くなる。
 言葉にはしてくれないのに――夏樹の不器用な優しさが、確かに伝わってきた。

「……ありがと」
 小さな声でそう呟くと、夏樹の手が一瞬だけ止まった。
 だけど何も言わず、また机を拭き始める。
 その横顔は少し赤く見えて、私は思わず目を逸らしてしまった。

 秋のまっすぐな優しさと、夏樹の不器用な優しさ。
 そのどちらもが、胸をぎゅっと掴んで離さない。