放課後の教室。
 なんだか胸の奥がざわついて、落ち着かない。
 机に向かっても文字なんか頭に入らねぇし、ただ無駄にイライラが募るばかりだった。

「ねぇ、なつくん。今日の数学、わからなかったんだけど、教えて」

 いつも通りの小春の笑顔。
 ……それだけで心臓が不規則に跳ねる。
 けど、素直に応えられるわけねぇ。
 脳裏に浮かぶのは、昼休みにみんなの前で笑ってた小春と――隣で爽やかに笑ってた“あいつ”。

「知らねぇ。あいつに聞けば?」

 気づけば口が勝手に動いてた。
 突き放すように。
 まるで自分を守るために。

 けど小春が戸惑った目をしたのを見て、胸がズキッと痛む。
 ……なにやってんだ、俺。

「サン王子。小春もきゃーかっこいいって思ってんだろ。ああいうのがタイプかよ」

 わざと刺すように言葉を投げる。
 自分でも意地が悪いってわかってる。
 でも、そうでもしなきゃ……このどうしようもない嫉妬をごまかせなかった。

「無愛想でぐちぐちうるさいどっかの誰かさんより、ずっとかっこいいね」

 小春が言い返してきた瞬間、胸の奥に冷たい鉄の塊を落とされたような感覚になった。
 本当に……あいつのこと、そう思ってんのか。
 ……わかってたはずだ。
 ああいう眩しいやつのほうが、小春には似合う。

 でも、それを本人の口から聞かされるのは、想像以上にきつかった。

 視線を逸らす。
 机の上の拳が勝手に震えていた。

 そのあと、廊下から見えた光景。
 秋と小春が並んでノートを覗いている。
 真剣に説明する秋、嬉しそうに笑う小春。
 ……胸が焼けるみたいに熱くなった。
 見たくねぇのに、目が離せなかった。

 なのに――

「今日、なつくんが教えてくれるって言ってくれたから……嬉しかった」

 小春のその声が、耳に飛び込んできた瞬間。
 頭の中でぐちゃぐちゃになってた嫉妬や不安が、一気にかき消された。
 なんだよ、それ……。
 俺なんかじゃなくて、あいつのほうがいいって――そう言ったくせに。
 ……けど今の小春の目は、本気だった。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられて、息が詰まる。
 でも同時に、心臓がどうしようもなく弾んでいた。

 気づけば、小春のほうを見ていた。
 逸らそうとしたけど……もう遅い。

「……ったく、しょうがねーな」

 ノートを指で軽く叩く。
 精一杯、ぶっきらぼうに。
 でも、口元が勝手に緩むのを止められなかった。

 本当は――誰にも渡したくねぇんだ。
 秋なんかに、小春を。

 ただ、小春が俺だけを見つめるこの時間が、ずっと続けばいいと思った。