秋はにこっと笑った。
「小春、また困ったら僕のとこ来てね」

 そしてわざと夏樹を横目で見ながら、さらっと言葉を重ねる。
「なつくんも、勉強のわかりやすい教え方、いつでも教えてあげるよ」

 ――“なつくん”と強調して。

 そのまま軽やかに去っていく後ろ姿を見送ってから、私は思わず夏樹の横顔を盗み見た。
 机を指でトントン叩きながら、むすっとした顔。

 ――夏樹がからかわれてるなんて、新鮮。
 普段は誰かを圧倒する側の彼が、今はちょっとだけ翻弄されてる。

 そして、胸の奥でふと気づく。
(秋くんって……ただの爽やかで優しい人、ってだけじゃないんだ)
 意外とやるタイプなんだ、って。
 ――その思いに、胸がちょっとドキッとした。

「……なつくんって呼ぶんじゃねーよ」
 ぼそっと吐き捨てる声は、明らかに照れ隠し。

 拗ねたようなその声に、思わず笑いがこみ上げてきた。

「……あはは、なつくん、可愛い」
 思わず口に出してしまった言葉に、教室の空気が少しだけ柔らかくなる。

「……な、なに言ってんだよ!」
 顔を真っ赤にして、夏樹がすぐにそっぽを向いた。
 でも、その肩の力の入り具合や、耳まで赤く染まった様子が、余計に笑いを誘う。

 その横顔を見て、私はまた笑いそうになる。
 不器用で、強がってるのに、ちょっと可愛い――そんな彼が目の前にいる。