「小春、困ってるみたいじゃん」
 にこっと笑って、私の机に歩み寄る。
「僕の方が上手に教えられると思うよ?」

「え……」
 軽やかな秋の言葉に、不意に心臓が跳ねた。

「小春、ノート貸して」
 秋は自然な仕草で私の隣に手を伸ばしてきた。
 指先が少し触れただけなのに、心臓がまたドキンと跳ねる。

 そのとき――。

 カタン、と乾いた音が響いた。
 夏樹が手にしていたシャーペンを机に置いた音だった。

「……勝手にしろ」
 低い声。
 いつものぶっきらぼうとは違って、どこか刺々しい。

 秋は気にする様子もなく、さらさらとノートに式を書きはじめる。
「ここね、順番を入れ替えてからやるとスッと解けるんだよ。ほら、見て」

 横から覗き込む秋くんの顔が近くて、思わず息を呑んだ。
 やわらかな声と、分かりやすい説明。
 ――ほんとに、上手。

「……ふん」
 不意に低い鼻息が聞こえた。
 夏樹を見ると、腕を組んで壁にもたれかかっている。
 視線は明らかに私たちに向けられていて、肩にわずかに力がこもっているのが分かる。

「なつくん……」
 名前を呼んでみても、返事はない。
 ただ、じっとこちらを睨むように見ているだけだった。

 秋はそんな夏樹を横目で見て、くすっと笑った。
「……なんだ、やっぱり気になるんじゃない?」

 その一言に、夏樹の眉がピクリと動いた。
 ――次の瞬間。

「……やっぱ、俺が教える」
 夏樹は乱暴にノートを取り上げ、机にドンと置いた。
 その仕草に、私の胸は大きく跳ね上がる。

「ちょ、なつくん……」
「お前は黙ってろ。……ほら、ここはこうだろ」

 耳まで赤くしながら、必死に説明を始める夏樹。
 それは不器用で、強引で――でも、確かに私のためのものだった。