反抗期の七瀬くんに溺愛される方法

 廊下の空気はまだ重たくて、繋いだ手がやけに熱かった。
 勇気を出して、私は小さな声でつぶやく。

「……だって、なつくん、教えてくれないから」

 振り返った夏樹の目が、一瞬だけ揺れる。
 普段ならすぐにそっぽを向くくせに、そのときはほんの少しだけ私を見ていた。

「……悪かった」
 低くて、掠れた声。
「……今度は、俺が教える」

 胸がぎゅっと鳴った。
 その言葉は不器用すぎて、でも、何よりも優しかった。

「え……ほんとに?」
 思わず聞き返すと、夏樹は慌てたように視線を逸らし、つないだ手をぎゅっと強く握る。

「……嘘ついてどうすんだよ」

 その言葉に、喉がきゅうっと詰まって何も言えなくなる。
 ただ、頬がじんわり熱を帯びていくのを止められなかった。

 しばらく無言で歩いたあと、夏樹は小さく咳払いをした。

「……明日の放課後、空けとけ」

「え?」

「……教室。数学、見てやるから」

 ぶっきらぼうに言い放つと、夏樹は足早に階段を降りて行ってしまう。
 繋いでいた手が離され、思わずそこに残る温もりを見つめる。

 胸の奥が、ふわりと熱くなった。
 ――本当は、勉強なんてどうでもよかった。
 でも“なつくんが教えてくれる”って、それだけで、明日が楽しみになってしまう。