そのとき、不意に夏樹がこちらを振り返った。
「……なに見てんだよ」
 少し乱れた前髪の奥で、視線だけがまっすぐこっちに向いている。

「え、あ、別に……」
 慌てて目を逸らしたのに、胸の鼓動はさらに速くなるばかりだった。

 夏樹は鼻を鳴らし、少し拗ねたように言う。
「……ったく。秋なんか見て楽しいのかよ」

「えっ?」
 思わず顔を上げると、彼はそっぽを向いたまま、冷たく突き放すように吐き捨てる。
「……好きにすれば?」

 それだけ言って、夏樹はボールを拾いに走り去ってしまった。
 置き去りにされた胸のざわめきだけが、いつまでも消えなかった。

「……あれ、なつくん拗ねてない? めっちゃわかりやすーい!」
 凛がくすくす笑いながら小声で耳打ちしてくる。

「そ、そんなこと……」
 否定しかけたけれど、頬が熱くなって言葉が続かなかった

 ――その時。
「小春ちゃん」
 声をかけてきたのは、さっきシュートを決めたばかりの秋だった。
 汗に濡れた額を軽くぬぐいながら、爽やかに近づいてくる。

「見ててくれた? さっきの」
 にこっと笑うその表情に、胸がまた高鳴る。

「え、う、うん……すごかったね」
 しどろもどろに返事をすると、秋はさらに嬉しそうに笑った。
「よかった。小春ちゃんに見てもらえて」

 ――そんなあからさまな態度に、ざわめく声。
 クラスメイトの何人かが小声でひそひそと囁くのが耳に入って、心臓が跳ねた。

 少し離れたところでボールを抱え直していた夏樹の視線が鋭くこちらに向く。
「……あいつ……」
 低くつぶやいた声は風に紛れて届かない。
 ただ、その横顔に漂うピリピリした気配だけが、確かにそこにあった。