雨の音が遠くでまだ鳴っていた。
 けれど、小春の体温がすぐそばにあって、
 それだけで世界が温かく感じた。

 亜美にキスされたあの日から、何をどう言えばいいのか、わからなくなってた。
 小春が俺を避けるようになって、笑ってくれなくなって、正直、胸がずっと痛かった。

 “違う”って言えばよかったのに。
 “あんなの、なんとも思ってねぇ”って。
 でも、それを言う資格が自分にない気がして、情けなくて、ただ黙ってた。

 それなのに――雷の中、あいつの名前を聞いた瞬間、勝手に体が動いてた。
 怖くて泣きそうな顔をした小春を見たとき、もう、理屈なんてどうでもよくなった。

 「……小春は、俺のお姫様でしょ?」
 あの言葉は、思わず出た。
 昔、あいつが笑いながら言った“王子様とお姫様の約束”を、俺がずっと覚えてたなんて、きっとバカみたいだって思われるだろうけど。

 でも、あのときの小春の顔――
 信じられないような、でも嬉しそうな笑顔を見て、全部報われた気がした。

 あいつが抱きついてきたとき、胸の奥が熱くて、息ができなかった。
 濡れた髪が頬に当たって、その匂いと温もりに、心臓が勝手に跳ねる。

 ――もう、離せねぇな。

 「……おい、小春も濡れるぞ」
 そう言って誤魔化したけど、本当は、ずっとこのままでよかった。

 ふと、小春が俺の胸に耳を当てて、「ほら、心臓早い」なんて笑うから、顔が熱くなるのをごまかすのに必死だった。

 「うるせぇな……照れてねぇよ」
 そう言いながらも、俺の手は、自然と小春の背中をそっと抱き寄せていた。

 あの日の誤解も、すれ違いも、全部この瞬間で溶けていく気がした。

 ――ようやく、戻れたな。
 俺たちの場所に。