「小春?」
 秋の声で、我に返った。

 頬に触れる冷たい感触。
 指先で触れると、そこに小さな雫があった。

「……あれ、私……」
 自分でも驚いた。泣くつもりなんてなかったのに。

「ど、どうしたの!?」
 凛が慌ててハンカチを差し出す。
「ま、まさか金魚見て感動して泣いてるとか!?」
 わざと明るく言うその声が、やさしく胸に響いた。

 秋は何も言わず、静かに私の隣に立った。
 その横顔はどこか切なげで、全部分かっているような、そんな表情をしていた。

「……ごめんね、なんでもないの」
 小さく笑ってみせたけれど、
 胸の奥の痛みは、笑えば笑うほど滲み出てくる。

 ――こんなはずじゃなかった。
 夏樹とやっと気持ちが通じ合って、初めての旅行。
 すごく楽しみにしていたのに。
 一緒に笑っていられるはずだったのに。

 遠くで、夏樹の笑い声が聞こえる。
 それだけで、また涙が込み上げた。