旅館の中庭には、風にゆれる提灯の灯りが並んでいた。
 夕食のあと、みんなでちょっと外に出ようという話になって、
 私は凛と、そして秋と一緒に歩いていた。

「ねぇ、見て見て!金魚いる!」
 凛が楽しそうに身を乗り出す。

「ほんとだ。小春も見て」
 秋が私の手を軽く引く。
 その自然な仕草に、胸の奥がまたざわめく。

「わっ……きれい」
 水面に映る光がゆれて、金魚の赤がゆらゆらと踊る。
 そんな小さな世界を見ているだけで、少し心が和らいだ。

 ――そのときだった。
 視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所に夏樹が立っていた。
 クラスの男子たちと話しているふりをして、でも、その目は確かにこっちを見ていた。

「小春、これあげる」
 秋がいちごミルクを差し出してきた。
「えっ、いいの?」
「うん。飲みたかったでしょ?」
 優しく笑うその顔に、凛が「きゃー!秋くん優しい~!」と茶化す。

「ねぇ、写真撮ろうよ!」
 凛がスマホを構えた。
 秋が自然に私の隣に立つ。
 肩が軽く触れて、心臓が跳ねる。

 カシャ。
 シャッター音が響いた瞬間、
 向こうで夏樹の横顔がピクリと動いた。
 すぐに目をそらしたけれど、その表情が頭から離れない。

 楽しそうな笑い声の中で、
 私の胸だけが、静かに痛んでいた。