秋の言葉に、空気が凍った。

「小春は、浮気者より僕の方がいいみたい」

 あの、穏やかな秋の声が、今は少し冷たく響く。

 夏樹はこちらをじっと見ていた。

 名前を呼ぶことさえ、私はできなかった。

「残念だったね、夏樹くん」
 秋がわざとらしく笑う。
 その一言で、夏樹の目が鋭くなる。

「……は?」
 低い声。怒りと、何か別の感情が混ざっている。

 息が詰まる。
 もう見ていられない――
 そう思って目をそらしたその瞬間、秋がさりげなく私の手を引いた。

 バスの陰に隠れるようにして、秋がそっと囁く。
「この際だからさ、夏樹くんにめいっぱい嫉妬してもらお?」

「……え?」
 戸惑う私に、秋は苦笑する。

「このままじゃ悔しいじゃん。あんなことされて、何も罰がないのは、ずるいでしょ?」

 秋の声は優しいのに、どこか切なさが混じっていた。
 私の代わりに、怒ってくれているみたいで。
 でもその言葉に、胸の奥が熱くなっていく。

 ……夏樹。
 ねぇ、ほんとはどう思ってるの?

 バスの陰から出ると、
 夏樹はまだこちらを見ていた。表情は読めない。
 でも、その拳が震えているのがわかった。

 秋が何も言わずに私のキャリーを取る。
「行こ、小春」
 そのまま歩き出す彼の背中を追いかけながら、私は振り返った。

 夏樹と目が合う。けれど――すぐにそらされた。

 どうしてそんな顔をするの。
 どうして、何も言ってくれないの。

 ……ほんとは、私だってちゃんと話したいのに。