春の朝日が柔らかく通学路を照らしている。
 歩くたびに小鳥の声が耳に届き、少しだけ心が落ち着く気もした。

 でも、胸の奥には昨日の夜のことがまだざわついていた。

 スマホを見ると、夏樹からの未読LINEがいくつも並んでいる。
 「今どこ?」「心配してるよ」「無事に着いた?」
 どれも優しい。
 でも、今はその優しさを受け止められないでいる。
 
 私は歩幅を少し早める。
 何をしても夏樹のことを考えてしまう。
 ――もう、忘れたい。何もかも全て。

 学校の校門が見えてきた。
 人が少しずつ増え、制服姿のクラスメイトが笑いながら歩いている。
 私は深呼吸をして、頭の中で何度も「大丈夫」と唱える。

 教室に入ると、いつもより早く来たせいか、まだ数人しかいなかった。
 机の上にカバンを置き、窓の外を見る。桜の花びらがひらひらと舞っている。

 そのとき、廊下の方から慌ただしい足音が近づいてくる。
 ――夏樹? いや、こんな早い時間に……

 ドアが開き、現れたのは秋だった。
 「小春、もう来てると思った」
 低く穏やかな声。
 笑顔は昨日の夜と同じで、安心感をくれる。

 小春の胸がぎゅっと締めつけられ、思わず手のひらに力が入る。
 ――秋くん……

 秋は小春の机の横まで来ると、軽くうなずいて微笑んだ。
 「昨日は大変だったね。眠れなかったでしょう?」
 その言葉に、少しだけ涙が溢れそうになる。