亜美は泣きながらも、少しだけ笑って言った。

「……わかってました。そんな顔、ずっと小春先輩にしか向けてませんでしたもん」

 その言葉がやけに優しく響く。
 俺は何も言い返せなかった。

 ――小春に、ちゃんと伝えなきゃ。

 空を見上げると、街灯の光がにじんで見えた。

 亜美は袖で涙をぬぐいながら、ゆっくりと顔を上げた。
 目元は赤いのに、その瞳はまっすぐで、どこか凛としていた。

「……じゃあ、これからも」
 少し息を吸い込んでから、亜美は微笑んだ。

「これからも、私の大好きな“先輩”でいてもらえますか?」

 胸の奥がまた痛んだ。
 それでも、その言葉が不思議と温かくて、俺は小さく頷いた。

「ああ……もちろん」

 それが、精一杯の答えだった。
 彼女を傷つけたくない気持ちと、小春への想いが、胸の中で静かに混ざり合っていく。

 亜美は小さく笑って、「よかった」と呟く。
 夜風がその声をさらって、遠くへ消えていった。

 残された静けさの中で、俺はもう一度、空を見上げた。
 滲んだ街灯の光の向こうに、小春の笑顔が浮かんで見えた気がした。