反抗期の七瀬くんに溺愛される方法

「ごちそうさま」
 箸を置いて立ち上がる。

「おい、小春?」
 夏樹が顔を上げる。

「ごめん。今日はもう帰るね」
 できるだけ平静を装って言ったつもりだったけど、声が少し震えていた。

「送ってく」
「いい。一人で帰る」
「夜だぞ」
「……心配しなくていいって言ってたくせに」

 夏樹が言葉を詰まらせる。
 その隣で、亜美が不安そうにこちらを見る。

「桜田先輩……」
「……ごめん、先帰るね」

 カラン、とイスを引く音がやけに響いた。
 テーブルの上に残されたレシートの文字が、滲んで見える。

 外に出ると、夜風が頬をなでた。
 春なのに、心だけがずっと寒い。

 ――なんで、こんな気持ちになるんだろう。
 夏樹のことを信じてるのに。
 信じてるのに、怖くなる。

 店のガラス越しに見える二人の背中が、
 まるで遠い世界のものみたいに見えた。