店内は夕食時で少しざわついていた。
 窓際の席に並んで座る夏樹と亜美、その向かいに私。
 テーブルの上に置かれたメニューを見つめながら、心の中ではずっと同じ言葉がぐるぐるしていた。
 ――なんで隣、私じゃないの。

「先輩、これ美味しそうですね!チーズハンバーグ!夏樹先輩、好きですよね?」
 亜美は無邪気な笑顔で、夏樹の顔を覗き込む。

「……まぁな」
 夏樹はメニューをじっと見つめて答えた。
 それだけの会話なのに、胸の奥がチクリと痛む。

「私もそれにしようかなぁ。桜田先輩は?」
「……私はいい。食欲ないから」
 そう答えた瞬間、夏樹がこちらを見た。

「食欲ないって……どうした?昼もあんま食ってなかっただろ」
「別に、なんでもない」
「体調悪いのか?」
 そう言って、いつもみたいに心配そうな声を出す。
 ――そんな優しさ、今は反則。

「……優しいね。高松さんにも、私にも」
 皮肉っぽく言うと、夏樹が眉を寄せた。
「なんだよ、それ」
「なんでもない」
 そう言いながら、ストローでアイスティーをかき混ぜる。
 氷がカラン、と小さく鳴った。

「桜田先輩、今日も可愛い髪型ですね。私、不器用だからうまく結べなくて」
 亜美がふと笑って言った。
「ありがと」
 一応笑って返すけど、心は全然穏やかじゃなかった。

 ――わかってる。私が大人気ないことくらい。
 でも、彼女の嫌味にも聞こえる“無邪気さ”がいちばん刺さる。

 夏樹はそんな空気を察してか、少しだけ背をもたれに預けて言った。
「おまえら、ケンカすんなよ」
「してないですよ」
 同時に答えて、二人して黙り込む。

 テーブルの上の照明が、ほんの少し眩しく感じた。
 フォークを持つ手が震えそうになるのを、必死でこらえながら、私は笑顔をつくる。

 ――どうして、こんなに苦しいんだろう。
 たった“隣じゃない”ってだけなのに。