体育館を飛び出したあと、すぐ横の中庭の方へ足を向けた。
 夕方の風が頬に当たって、少しだけ息が整う。
 胸の奥はまだざわざわしている。

 ――なんで、あんなに笑ってるのよ……
 タオルを強く握りしめた手が、少し震えていた。

 しばらく一人で立っていると、背後から足音が近づく。
 軽やかで、どこか躊躇いのない足取り。

「桜田先輩」

 振り返ると、亜美がそこにいた。
 体育館の明かりが背後から差し込み、彼女の髪がふわりと光る。

「……なに?」
 なるべく冷静に言ったつもりだった。

「さっき、なんか気に障ること言っちゃったみたいで、ごめんなさい」
 そう言いながらも、目はまっすぐ私を見ている。
 口調は丁寧だけど、どこか勝ち気な光がその奥にあった。

 少しの沈黙のあと、亜美は小さく息を吸って言った。
「でも……私、夏樹先輩のこと、好きになっちゃいました」

 鼓動が一瞬で早くなる。
 言葉を探しても、喉が詰まって出てこない。

「……そう」
 ようやく出た声は、思っていたよりもかすれていた。

 でも、ここで下を向いたら負けだと思った。
 唇をきゅっと結び、視線を上げる。

「でもね、夏樹は、私のことしか見てないよ」

 亜美の表情が一瞬だけ固まる。
 だけど、すぐに作り笑いのような顔に戻った。

 そのとき――体育館のドアが開く音がした。
 「小春!」