「ない! ブルー・トワイライトローズが、どこにも、ない!」
春の陽気が気持ちのいい、ある日。
未来の魔法使いたちが通うグランツェ魔法学園で、悲鳴があがった。
涙目になりながら、必死に品物を探す少女は、リフィーナ。
お洋服を作るのが得意な、10歳の女の子だ。
夢は、世界で一番、その人に合った最高の服を作り続けること。
そして、服で笑顔になってもらうことだ。
「なんで? 昨日までは、たしかにココに……!」
リフィーナは、学園内でも有名な魔法使い兼仕立て師でもある。
彼女が作ったお洋服は、どんな不幸からも守ってくれる、と評判だ。
今、彼女が手掛けているのは、5日後に納品予定の舞台衣装。
世界的にも有名な女優が着る予定となっている。
最後の仕上げとして、青く希少なバラを使おうとした時の出来事であった。
「嘘……どうして……!」
リフィーナは学生寮の自室で、必死に花を探す。
けれども、見つからず途方に暮れていた。
「"失せ物よ、出てきて!"」
杖を取り出し、呪文を唱える。
自分が探しているモノの場所を、示してくれるはずなのだが……
「反応が、ない? 部屋のどこにも!?」
室内で光ることは、なかった。
花がないことに落ち込み、リフィーナは座り込んでしまう。
「いや、見つからないのは仕方がない。購買部に、掛け合おう」
彼女は気を持ち直し、自室を出る。
そのまま、学園内の購買部へ向かおうとした時だった。
「あーら、リフィーナさん。お急ぎのようだけどどうされました?」
走り出そうとしたリフィーナを、呼び止める声。
彼女が声のした方を見ると、3人の学園生が佇んでいた。
「……ルビア」
「まさか、依頼品に必要な品物を無くした、とか?」
意地悪く笑う少女の名は、ルビア。
リフィーナの同級生であり、何かと敵視して、いじわるをしてくる子だ。
「ほほほっ、管理がなってないわね。それでもプロ?」
「なぜ、私が品物を無くしたと思ったんですか」
「あれだけうるさい悲鳴をあげれば、誰でも気づきますわ」
ねぇ? と、ルビアは従えている2人の女子生徒に声をかける。
すると、2人は「そうだそうだ」「ルビア様が正しいわ」と賛同した。
「このままでは、衣装も完成させられそうにありませんわね」
「……」
「服がなければ舞台も台無し。あぁ、なんてヒドイ人なのでしょう」
「ホントよねー、さいてー」
「ルビア様の方がよっぽど優秀なのにねー」
ほほほっ、と勝ち誇った笑みを浮かべつつ、ルビアたちは立ち去る。
「まさか、ルビアが、ブルー・トワイライトローズを……?」
リフィーナはそれを悔しそうに見送りながらも……
「でも、負けない。絶対に依頼品は完成させるんだ……!」
決意を新たに、購買部へと走り出した。
まだ在庫があるかもしれない、という期待と共に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ブルー・トワイライトローズの在庫、ありませんか!?」
辿り着いた購買部で、リフィーナは店員に問いかける。
「あら……? 先日、リフィーナさんは予約分を受け取られましたよね?」
「それが、誰かに捨てられてしまって……」
「え!? あの希少な花を。わかったわ、すぐ確認します」
待っている間、リフィーナは不安いっぱいになっていた。
もし、残っていなかったら?
代替えの花を探すべきか、それとも……
ウロウロと購買部の前を、行ったり来たりしていると
「なにやってんだ? リフィーナ」
「フェルナン!」
彼女に声をかける人物がいた。
同じ10歳で金髪碧眼の少年、フェルナンだ。
彼は、リフィーナと幼馴染であり、学園主席の魔法使いである。
本人は、作家として多くの物語を書きたいのだが、親に反対されている。
そのせいか、普段から物語のネタになることに対してはとても敏感だ。
「お前、今は依頼品の制作で忙しいんじゃなかったか?」
「それが……えっとね……」
リフィーナは、ことのいきさつをフェルナンに話す。
すると彼は、眉をしかめて怒りをあらわにした。
「ルビアの奴、また! オレがとっちめてやる!」
怒りで歩き出そうとしたフェルナンを、リフィーナは必死に止める。
「待って、待って! それよりフェルナン、衣装作成を手伝って!」
「いいけど……リフィーナと違って、裁縫系の魔法は得意じゃないぞ」
「実際に作る方じゃないの。もしも在庫がなかったら……」
「リフィーナさん、良いかしら」
リフィーナが説明をしきる前に、購買部の店員が戻ってきた。
彼女は申し訳なさそうな顔をして……
「ごめんなさい。ブルー・トワイライトローズの在庫は無かったわ」
「そんな……!」
「どうやら今朝、全部買い占めた子がいたみたいでね」
店員は購入履歴を見せてくれた。
ズラリと並ぶ名前を辿っていくと……
「購入者は……ルビア!?」
「嫌がらせも、ここまでくるとムカつくな」
「うぅ、なんでこんなことをするのよ……!」
「大量に買った花も、どうするんだろうな。捨てる気か?」
学園には、もうブルー・トワイライトローズは無い。
残る手段は1つ。
リフィーナは覚悟を決め、顔を上げる。
「店員さん。今、この花を採取できる場所はありますか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グランツェ学園の購買部、その店員は語った。
種がある場所は知っている。
しかし、育つ場所が限定されている。
だから、今すぐ欲しい場合は、魔法に頼るしか方法がない。
「……よしっ」
自室で準備を終えたリフィーナはホウキを手に持ち、ドアを開ける。
そこには、同じく旅支度を終えたフェルナンがいた。
「まずは種の入手。その後、育てる場所の確保。だよな、リフィーナ」
「うん、それであってるよ。フェルナン」
時間がない。
衣装の納品日は、5日後。
それに対して、目的地はそれぞれ1日以上かかってしまう。
「急がないと……」
「慌てすぎんなよ。物語でもだいたい、急がば回れだ」
「本当に物語を書きたがりだねー、フェルナン」
「親父が文句いわなきゃ、ずっと話を書きたいんだがな」
あの野郎。と、フェルナンはグチをこぼす。
そんな彼が面白かったのか、リフィーナはクスクスと笑った。
「笑うなよ」
「ううん。フェルナンらしいなーって、物語馬鹿っぷりが」
「うっせー。とにかく、出発しようぜ」
そういうと、フェルナンは持っていたホウキにまたがる。
「"飛翔せよ"」
呪文を唱えると、彼の体はフワリと浮かぶ。
ホウキに浮く力を与え、どこへでも飛んでいける魔法だ。
「おいてくぞー」
「わわっ、待ってよフェルナン! "飛翔せよ!"」
リフィーナも慌ててホウキにまたがり、呪文を唱えた。
一瞬だけ感じる浮遊感。
そのまま、2人は勢いよく晴れ渡った空へと飛びあがった。
「うわぁー、やっぱり空を飛ぶと、気持ちがいいー!」
どこまでも続く青い空と白い雲を見て、リフィーナは嬉しそうだ。
クルクルと回転しながら、喜びを表現している。
「あんまり変な飛び方すんなよ。前みたいに落ちるぞ」
「むぅー、その時は助けてフェルナン!」
「どーしよっっかなー?」
「わわ!? 本当に危なかったら、助けてー!」
いじわるしないでよー! とリフィーナは叫ぶ。
しばらく、彼女の言葉を聞いていたフェルナンだったが
「わかった。わーかった。ちゃんと助けるって」
根負けしたのか、安心させるようにそう伝えてきた。
「本当? 本当に!?」
「本当だ……っと、気を付けろ、リフィーナ。前方が!」
「へ? うわわっ!? なんでこんなところに積乱雲が!?」
目の前に現れた、大きな雲の塊。
僅かに、ピカッ、ピカッ、と光っているのが見える。
どうやら、あの中は激しい雨が降り、雷がなっているようだ。
「どうする、リフィーナ。安全を取って、迂回するか?」
「ううん。そうしちゃうと、納品日に間に合わない!」
イチか、バチか。
リフィーナは、眼の前にある積乱雲を睨みつけ、懐から杖を取り出す。
「魔法で突破しよう! 頼りにしているよ、フェルナン!」
「……いうと思った。んじゃ、物語のヒーローっぽく行くぞ!」
勢いをつけ、2人は積乱雲へと突入した。
途端、凄い勢いで雨が2人をおそい、いろんな方向からゴロゴロと音がなる。
「まずは私! "水をはねのける服!"」
リフィーナが呪文を唱えると、ポンッ、と2着の服が現れた。
カエルの見た目をした、レインコートだ。
「なんだこれ」
「私のオリジナル魔法。1時間限定の魔法服だよ」
「職人専用魔法だな……いや、それ以前に、なんでカエル」
「雨といったら、ゲコゲコのカエルさんだから! かわいいでしょ」
リフィーナは慣れた手つきで、カエルのレインコートを着る。
彼女にはとても似合っていた。
「他の柄もあっただろ」
「あれ、フェルナンって、てるてる坊主の方がよかった?」
「カエルの方がマシだからこれでいいわ」
しぶしぶながら、フェルナンも着込んだ。
空に浮かぶカエル2匹が完成した瞬間である。
事情を知らない第三者がみたら、きっと驚くことだろう。
「さてと、オレも1つやるか」
フェルナンは杖を軽く振り、空中に絵を描いた。
「嵐の中を突き進む主人公は、厄災をものともしない!」
大きな傘を完成させると、彼は力強く呪文を唱える。
「"空想よ、現実となれ!"」
ポンッと出てきたのは、フェルナンが描き上げた傘。
それを見て、リフィーナは頬をふくらませる。
「フェルナンー、それじゃあレインコートを出した意味ないよー」
「これは、雨を防ぐために使ったんじゃないんだよ!」
リフィーナの苦言に、フェルナンが答えた直後。
ゴロゴロゴロゴロ……ピカッ!
「ひやあ――――!?」
雷が、リフィーナたちに襲い掛かった。
けれども、強い光は彼女の目の前でカクン、と折れ曲がる。
そのまま先ほど出てきた傘に、雷は吸い込まれていった。
「避雷針だよ」
「ひらいしん?」
「雷から人やモノを守るヤツだ」
ふーん、と他人事のように頷くリフィーナ。
そんな彼女を見て『絶対に理解していない』と思うフェルナン。
「とにかく、雷はこれで安心していい」
「うん、わかった! よーし、一気に積乱雲を突破しよう!」
「気を抜くなよ、リフィーナ!」
「分かっているよー」
しっかりとホウキに捕まり、2人は積乱雲を一直線に突き進んだ。
やがて……
「ぷはぁ! 抜けた――――――ッ!」
再び、綺麗な青い空が2人の眼前に広がった。
その先には、大きなお城と街が見えてくる。
1つ目の目的地である、この世界でもっとも大きな王国だ。
「あぁ、今の達成感を今すぐメモりてぇ……」
「フェルナーン、気持ちは分かるけど降りてからにしてよねー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王国の城下町に足を踏み入れた、リフィーナとフェルナン。
早速、種があるお店を訪れたのだが……
「閉店―――――ッ!?」
「リフィーナ、お前、最近悪いことでもしたか?」
「してない! 服の制作しかしていないよ―――!」
あまりのトラブル続きに、ついにフェルナンがそう疑いだした。
濡れ衣だと、必死に弁解するリフィーナ。
そんなやりとりをいくら続けても、店が閉店である事実は変わりない。
「仕方ない。他に情報を持っていそうな人を探そう」
「うん!」
2人は、道行く人々に話しかけていきました。
花の種を売っている場所はどこですか?
とても珍しい品を扱っているお店があれば、教えてください。
たくさんの人に声をかけ続けた結果……
「そうだね。郊外にある変な魔法使いなら、持っているかも」
1つの、有益な情報を得ることができた
「変な……」
「魔法使い……?」
「なんでも、フクロウの姿をした魔法使いでね」
普段は、他人と関わりを持たない。
常にフクロウの姿をしており、なぜか会話ができる。
夜行性なのか、日中は絶対に見かけない。
そんな情報を教えられた。
「表現が魔法使いじゃなくて、動物のソレなんだよな……」
「ははは……けど、頼るしかないよね!」
リフィーナたちは、急いでフクロウの魔法使いがいる場所へ向かった。
到着した先で見つけたのは、大樹を利用して作られた家。
いくつかの家具から、魔力を感じることができた。
「ここだよね」
「そのはずだ」
「すいませーん、フクロウの魔法使いさん、いらっしゃいませんかー?」
両手で口を囲むようにして、リフィーナは自分の声を大きくする。
しかし、彼女の声に返答するものはいない。
「まさか、本当にフクロウだから夜行性でお休み中、とか?」
「いやそんなまさか。動物が魔法使いとか、オレは聞いたことないぞ」
「本当に?」
「実在するなら、物語のネタに全力でするからだ」
目を輝かせ、メモを取り出すフェルナン。
この行動から、リフィーナは本気で聞いたことが無いのだと納得する。
「うーん、本当に夜行性だとしたら、夜まで待てばいいけど……」
空を見上げると、太陽は少しずつ地平線へ落ちる準備をしている。
あと1~2時間ではあるが……
「待てない!」
「だよな」
リフィーナの返答を予想していたのか、フェルナンは苦笑いする。
「だいたい、夜行性は何時からか知らないし!」
「……そいや、何時だろうな」
「真夜中とかだと、眠くて針やハサミが狂っちゃうし!」
「寝不足でな」
「そしたら指に刺さって痛いし、布を変に切って没になるし!」
「……若干、私怨が混ざっていないか?」
少し脱線しかけているが、やるべきことは1つ。
すぐにフクロウの魔法使いと会い、種のことを聞く。
「うーん……すぐさま、この周辺だけでも夜にできちゃえばなぁ」
両腕を組んで、リフィーナは頭を悩ませる。
すると、フェルナンは何か閃いた顔をして
「それ、いいな! やってみよう!」
「ふえ!? フェルナン、何かいい案があるの?」
「あるある。というか、これをやるにはリフィーナにも協力して貰わないと」
ええ? と、目を点にするリフィーナ。
彼が思いついた作戦がなにか、想像がつかないようだ。
「どうするの?」
「オレが読んだ作品で、引きこもった神様を舞で呼び出すってのがあるんだ」
神様の興味を引いて、自分から出てこさせる。
これをフクロウの魔法使いに対しても、やろうとフェルナンは提案した。
「えーっと……今が、夜だって錯覚させちゃうってこと!?」
「そういうこと。なーに、オレらならできる」
杖を取り出し、周囲に魔法陣を出現させる。
それを見たリフィーナも、慌てて自分の杖を構えた。
「紡げ、紡げ、物語よ紡げ。さぁ、ここは本の世界ッ!」
「紡げ、紡げ、魔力の糸よ。幻想を守れ!」
2人は互いの杖を重ねて、呪文を唱える。
「"書き上げるは、幻の常闇!"」
「"仕立てるは、闇を包む布!"」
バザリッ、と魔法で作られた巨大な布が、家ごと大樹を包み込む。
まるでドームのようになると同時に、周囲がまっくらになった。
しかし、このままではただの暗闇。
リフィーナは再び杖を構えて
「"月明りよ、照らせ!"」
布の真上に、魔法の月を作り出した。
これによって、布のドーム内は完全に夜となる。
「すいませんーん! フクロウの魔法使いさーん!」
改めて、リフィーナは声をあげた。
するとどうだろう。
家のドアが、ゆっくりと開き……
【誰だよ。こんな夜更けに客なんて……常識的じゃない】
1羽のフクロウが、文句を言いながら出てきた。
2人は一瞬、動きを止めたあと。
「「フクロウが本当にしゃべった―――――!?」」
リフィーナは驚き、思わず杖をフクロウに向ける。
フェルナンは目を輝かせ、メモの準備をはじめた。
あまりの歓迎の違いに、フクロウはしばち沈黙し
【……なにやら、変な客がきた】
と、つぶやいた。
「あ、あの、フクロウの魔法使いさん、実はブルー……」
「つかぬことを伺います! その姿はどうして!? 人の姿は!?」
リフィーナをおしのけ、フェルナンがフクロウに質問攻めをする。
彼女は思った。
彼の悪い癖がでたと。
フェルナンは、昔から作家になりたかった。
親にいわれたとはいえ、魔法使いの道を進んだのも、それが理由だ。
魔法は不思議な力だから、それをネタにしたい。
面白い作品が書けるからだ。
……しかし、フェルナンは時折、良いネタを見つけると暴走する。
今みたいに。
「フェールーナーン!」
「え? あ、あぁ、ごめんリフィーナ。本題はこっちだった……」
注意され、申し訳なさそうにするフェルナン。
リフィーナは咳払いをしてから、フクロウに話しかける。
「初めまして! 私、グランツェ学園所属の魔法使い、リフィーナです」
【まともに挨拶する子がおったか】
フェルナンの気迫に押されていたせいだろうか。
少しだけ、フクロウは疲れ気味だった。
「フクロウの魔法使いさん、教えて欲しいことがあります」
【……なんだ? お前さんも質問攻めか?】
「私の質問は1つだけです。ブルー・トワイライトローズの種についてです」
【ほう? ほうほうほう】
パタタッ、とフクロウは飛び上がり、近くにあった木の枝にとまる。
羽根を口元にやり、なにかを考えはじめた。
【なぜ、それが必要なんじゃ?】
「依頼品を完成させるために必要なんです!」
【ふーむ、お主は魔法使いだが、仕立て屋でもあるのか】
「はい! 世界で一番、その人に合った最高の服を作り、笑顔にしたいんです!」
【ほほぅほう! 世界一ときたか、面白い嬢ちゃんだ】
フクロウはおかしそうにケラケラ笑う。
【そう思った理由は?】
「実は、私の母が女優なんですけど、その舞台が凄いんです!」
小さい頃にみた、母の舞台。
みんながキラキラして、楽しそうで、思わず混ざりたくなる。
そんな素敵な光景に、リフィーナは感動した。
「そしたら、母がいったんです。沢山の人たちが頑張った結果だって」
舞台は1人では成り立たない。
自分だけでは、服は用意できないし、化粧もめちゃくちゃ。
大道具や小道具も作れないし、スポットライトも動かせない。
たくさんの協力があって、自分は輝けるのだと。
「それで私、服で誰かを輝かせたいんです!」
【その結果として、笑顔が欲しいと】
「はい! だって、笑顔は素敵ですから!」
【分かった。少しまっておれ】
パタパタと飛んで、フクロウは室内へ入ってゆく。
しばらくすると、1つの袋を足に掴んで出てきた。
【僅かじゃが、ワシの手持ち分じゃ。使うが良い】
「いいんですか!?」
【あぁもちろん。先ほどの受け答えで、少しお主の記憶を見せて貰ってな】
唐突な事実に、リフィーナは固まる。
そんな魔法をかけられた感覚が、一切、なかったからだ。
カチコチになった彼女をみて、フクロウはさらに笑う。
【作っている衣装じゃが、ワシが楽しみにしている舞台のモノじゃないか】
「そうだったんですか?」
【そうじゃとも。だから、完成させて貰わねばこまる】
ほらっ、とフクロウは1枚の紙を見せてきた。
1週間後に予定されている、舞台のチケットだった。
【袋に育て方のメモを入れた。頑張ってくれたまえ、楽しみにしているから】
「はい! 任せてください!」
リフィーナは、受け取った種が入った袋を大事にしまう。
話が終わったのを確認したのか、フェルナンが1歩前に出て
「では改めて。オレは作家志望のフェルナン! ぜひぜひ、その姿について……」
【……なんじゃこの、魔力と素質は最高そうなのに、残念な少年は】
「すいません。ちょっとだけ付き合ってください……」
好奇心が刺激されまくったフェルナンは止まらない。
どのみち、もうすぐ本当の夜。
今日はこの王国で1晩休むことになった。
「なぜ、フクロウなんですか!? あえて夜行性な行動の意味は!?」
【ストップ、ストップ、落ち着くのじゃ少年!】
「落ち着けません、どんどん答えてください!」
【おおぉ、元気なのは良いことじゃが、もっとクールな方がモテるぞ!】
「モテとかどうでもいいです。さぁ、さぁ、さぁ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。
「寝不足な顔」
「ふぁぁ……いやー、あの魔法使いさん、めっちゃ凄いわ」
「飛行中に落ちないでね?」
「大丈夫だ! むしろ今のオレは、テンションが超高い!」
空をホウキで飛びながら、そんな会話を交わす2人。
結局、その後フェルナンは、ずっとフクロウの魔法使いと話し込んでいた。
それはもう、彼が聞き飽きるまで。
―――若いって、本当にエネルギッシュなんじゃな。
と、疲れた顔で語ったフクロウに、思わず謝罪したリフィーナ。
今頃は全力で爆睡していることだろう。
「すごいんだぜ、あのフクロウさん!」
「というか、本当に人間なんだよね、あの人」
「そうなんだよ。しかもめっちゃ立派な魔法使いで……いいネタになったー!」
子供のように喜ぶフェルナン。
本来の目的を忘れ、このまま執筆に入りそうな雰囲気すらある。
(お父さんに、執筆を止められる反動、すごくでているなー……)
事情を理解しているので、強くやめろとはいえないリフィーナ。
彼の興奮がおさまるのを待つことにしたらしい。
「なにより、動物に変身する魔法なんて……へっくしゅん!」
熱く語っている途中、フェルナンは突然くしゃみをした。
そのまま、片手で自身の腕をかるくさする。
「だいぶ寒くなって来たな……」
「うん、もうちょっとで本格的に雪も降り始めるよ」
今、2人が向かっているのは世界でもっとも標高が高い雪山。
ブルー・トワイライトローズは、本来、雪がある場所で育つ花。
そのため、育成に最適な場所へとやってきたのだ。
「開花時期がもうちょっと遅かったら、咲いてるのを摘めたのに」
「嘆いても仕方ない。今は、ちゃんと育てることに注力しよう」
「うん、そうだね、フェルナン」
種が入った袋には、育て方も書かれていた。
・標高が高い雪山で育てること
・山頂かつ、雪がない地面を見つけること
・炎の力で暖かくすること
・魔力を注ぎ、成長を促進させること
・注意事項! 赤い鳥の攻撃には気を付けること
これらの条件を守れば、ブルー・トワイライトローズは手に入る。
「とはいえ、めっちゃ寒くなってきたので……」
リフィーナは杖を出して、新たな服を作り出す。
今度は、サンタのような厚手のコート。
それを受け取ったフェルナンは
「なんで、魔法で作る服は、普通のやつと違って変なセンスなんだよ」
率直な疑問をなげかけてきた。
するとリフィーナは不思議そうな顔をして答える。
「え? だってほら、これは1時間で消えるから想像しやすい方が良いもん」
「冬だからサンタってのは、分かりやすさとして認めるけど」
そういいながらも、フェルナンはサンタコートを羽織る。
寒さが軽減されたのか、ホッとため息をつく。
「しっかし、こんな状況で雪の無い地面なんてあるのか?」
「うーん……難しそうだよね」
チラチラと降り始めた雪を眺めつつ、2人は頂上へと向かった。
やがて目的地に到着し、ホウキから降り立つと……
「なんだこの不自然な、雪の無い場所は……」
「フェルナン、ここ、土があったかい!」
「え!?……本当だ、なんでここだけ……」
「うーん、謎だよね」
リフィーナたちは首を傾げるが、答えは出ず。
「悩んでいても仕方ない。種を植えよう」
「よしっ、まずは土を掘ってっと……」
持ってきたスコップで、小さな穴をいくつか作る。
そこに、種を1つずつ入れて、やさしく土をかぶせた。
リフィーナはメモを読み、次の工程を確認する。
「フェルナン。周囲を炎の力であたためをお願い」
「了解。とはいえ、やり過ぎたら枯れるよな……"炎よ、灯れ!"」
力加減を調整し、フェルナンは周囲に炎をともす。
残る作業は魔力を種に注ぎ込むこと。
リフィーナは杖を構え
「よしっ、"成長せよ!"」
種に向けて魔力を注ぎ込んだのだが……
「芽が出ないな」
「なんでー!? 水とかあげないといけないとか!?」
慌てて、メモを再確認してゆく。
一通りの作業は、間違いなく実施した。
それでも、種が成長する気配がない。
「……どうなっているの? まだ、何かが足りない?」
うーん、と2人が頭を悩ませた時だった。
バサッ、バサッ、バサッ、と羽ばたく音が耳にはいる。
なんだろう、とリフィーナたちは視線を空に向けると……
「な、ななな、ななななな――――!?」
「真っ赤な、鳥!?」
赤い何かをちらせながら、優雅に飛ぶ鳥。
まるで炎のように真っ赤な羽根と胴体。
本当に燃えているような尻尾。
「フェ、フェルナン! 本とかで知らない!? 燃えてる鳥さん!」
「……恐らくだけど、あれはフェニックスだ」
「フェニックス!? なにそれー!」
「見た目の通り、体が炎で作られている鳥で、不老不死の特性を持っている」
本物を見ることができるなんて!
と、フェルナンはメモを取り出しそうになる。
だが、リフィーナがすかさずそれを止めた。
それどころではないからだ。
「キエェェ―――――ッ!」
フェニックスは、大きく叫ぶと2人に迫ってきた。
「危ない、リフィーナ! "氷の壁よ!"」
フェニックスが口から炎を吐き出す。
それを、フェルナンが魔法で防いだ。
「あっつ……今の攻撃だけで、夏みたいな暑さになった!」
するとどうだろう。
周囲の雪が、次々と解けて地肌が見えてきた。
「そうか! このあたりに雪がなかったのはフェニックスのせいか!」
「もしかして私たち、あの子の生息区域に入っちゃった?」
「恐らくな。侵入者を排除するために、ここにいるんだろう」
フェニックスの攻撃は止まない。
何度も吐かれる、炎の塊。
それらを、フェルナンは次々と防いでゆく。
「くっそ……! これじゃあキリがなさすぎる」
「なにか、なにか解決方法は……」
リフィーナは、改めてメモを見返してゆく。
1つ、1つを丁寧に再確認してゆき……
「まさか!」
ある事実に気が付いた。
「フェルナン! 花を育てるには、フェニックスの協力がいるかも!」
「はぁ!? どういうことだよ、リフィーナ!」
彼女はメモに再び目を向ける。
「『炎の力で暖かくすること』が、フェニックスの炎なんだよ!」
ただし、その際には炎がまき散らされる。
だからこそ、メモには『赤い鳥の攻撃には気を付けること』があるのだ。
花を育てるために、フェニックスの炎の力がいる。
だけど、自分たちはやけどしないように気を付けろ。
それこそが、メモの真意だとリフィーナは気が付いた。
「つまり、フェニックスの攻撃を上手く回避しながら……」
「魔力を種に注げば、ブルー・トワイライトローズが咲くはず!」
「悩んでいる暇はないか……やってみよう!」
リフィーナとフェルナンは、上手くフェニックスを誘導する。
自分たちが種を植えた周辺に、炎が落ちるように。
さらに、逃げながらも魔力を順番に注ぎ込んでゆく。
「「"成長せよ!"」」
すると、どうだろう。
ポコッと土が盛り上がったかと思うと、小さな芽が顔をだした。
「っ! フェルナン、芽が!」
「あぁ、このまま続けるぞ、リフィーナ!」
「うんっ!」
炎を直撃させないように。
ゆっくり、じんわりと周囲の地面だけを温めてゆく。
その間にも、リフィーナたちは魔力を注ぎ続け……
「咲いた!」
ついに、ブルー・トワイライトローズが咲き誇った。
「すごいな。雪山で、ここまで花が咲き乱れるなんて……」
「うん! すごいよね!」
一瞬、あまりの美しさに心を奪われそうになるが
「キエェェ―――――ッ!」
「やばっ、まだフェニックスがいたんだ。リフィーナ、急げ!」
「わかった!」
フェルナンが足止めする間に、急いで花を回収してゆく。
すべてを摘み終え、リフィーナは顔を上げる。
「終わったよ!」
「おっしゃ! これで全力が出せるぜ!」
杖を軽くまわし、飛びまわるフェニックスに狙いを定める。
「"貫け、刃!"」
放たれた魔力は、一直線に飛んでゆく。
そのまま、フェニックスの肩を貫こうとしたが……
「なっ、かわされた!?」
最低限の動きで、彼の攻撃は回避されてしまう。
フェルナンは慌てて、次弾を放とうとするが、間に合わない。
「フェルナン! "守りの布よ、包み込め!"」
リフィーナは、ありったけの魔力を糸に注ぎ込む。
そのまま一気に縫い上げた布を、持ち上げて
「いっけー!」
フェニックスに向かって、投げつけた。
バサリッ、と大きく広がった布は、迫りくる鳥を捕獲する。
「ギエェ! キエェェ――――!」
布の中でジタバタと動き回るフェニックス。
「フェルナン、逃げよう! あの布、あんまり持たないと思う!」
「助かった」
2人はホウキにまたがる。
そのまま、全速力でその場を離れた。
「あっぶなかったぁ……死ぬかと思ったぜ」
「本当に助かったー! ありがとう、フェルナン」
「どういたしまして。いやー、ひりついたぜ」
これなら今すぐ、バトル小説が書けそうだ。
と、彼は肩を落としながらいう。
一気に山を下り、雪の無い平地へ。
「このまま学園に戻って、衣装を完成させなきゃ……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
学園に戻ったリフィーナは、すぐさま最後の仕上げに取り掛かった。
納品日までは、残り3日。
寝る間も惜しんで、彼女は必死に衣装を作った。
「"花の色よ、布へ!"」
採取したブルー・トワイライトローズの一部は、染めに。
残りはドライフラワーにして、腰や肩へ装飾品として仕上げてゆく。
ゆっくりと、丁寧に。
着る人のことを思って、しっかりと。
(この衣装を来て、演技するんだ)
決して派手にはせず、それでいて、存在感は消さず。
(主役の美しさを、存分に引き立てて……)
この役柄であれば、この衣装。
誰もがすぐにイメージしやすい服。
一瞬で、この人物だとわかるような。
(すごく表現が難しい……難しいけど……)
リフィーナは、手を動かしながらも笑顔を浮かべる。
(楽しい! 服を作ることが、とっても!)
心の底から、創作を楽しんでいた。
次々と飾りが仕上がってゆく。
それを、1つずつ服を合わせて、微調整をして。
ゆっくりと、着実に、完成形に近づいていった。
「間に合いそうか? リフィーナ」
「うん。ギリギリだけどいけるはず!」
三日三晩、彼女は必死に作業を続け、ついに……
「で、できた――――ッ!」
納品日の朝に、見事な衣装が完成した。
「すっげぇ……めっちゃいい出来じゃないか!」
「ありがとうフェルナン! あなたのお陰で間に合ったよ!」
「お礼は後でいい。それより、早く依頼主へ届けねーと」
「そうだった! っと。その前に!」
リフィーナは衣装をゆっくりと抱きしめた。
「……"祝福を"、あなたが幸せでありますように」
僅かな光と共に、彼女の想いが込められる。
衣装を丁寧に包み、リフィーナはフェルナンと共に駆け出す。
目的地は、依頼主のいる劇場。
今頃、公演前の最終リハーサル中だろう。
学園からほどちかい劇場に駆け込むと……
「どうですか? こちらの衣装。恐らく彼女は間に合いません」
「う、うむ……」
「あたしの作品を使ってください!」
「ルビア!?」
そこには、ルビアが取り巻きと共に交渉をしていた。
みると、リフィーナと同じ青い衣装が飾られている。
「あいつ、購買部で花を買い占めたのは、そういうことだったのか!」
遅れてやってきたフェルナンが毒づく。
あの日、ルビアによって買い占められたブルー・トワイライトローズ。
彼女はそれを使って、衣装を仕立て上げていた。
間に合わなくなったリフィーナの代りに、それを依頼主に渡す。
そうして、彼女の功績を奪おうとしていたのだ。
「待ちなさい、ルビア! 依頼品は完成させました!」
「なっ!? リフィーナ、あなた、なぜ……!」
「嘘でしょ、どうして完成しているの!?」
「あいつの分は、捨てたはず……あっ」
取り巻きの1人が、うっかりと口を滑らせる。
「やっぱり、私が入手した分を捨てたのはあなたたちだったのね」
「……ほほほっ、それがなに? しょせん間に合わせの品を持って来たくせに」
勝ち誇った表情で、ルビアはそういった。
それを無視して、リフィーナは依頼主である劇団団長の元へ。
「遅くなって申し訳ありません」
ゆっくりと、持ってきた包みを開き
「こちらが、ご依頼の品となります」
綺麗に仕上がった衣装を手渡した。
劇団団長は、まじまじとそれを見て
「これは……素晴らしい!」
嬉しそうに微笑んだ。
「色、飾り、デザイン。どれをとっても最高だ。イメージにピッタリ!」
「ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっと! あたしが先に交渉していたのよ!?」
我慢ならず、ルビアが割って入ってくる。
しかし、劇団団長は冷たい視線を彼女に向けた。
「ルビアくん。キミは先ほど、なんといったかね」
「え? それは……」
「リフィーナくんは間に合わない。だから自分の作品をと」
「えぇそうですわ。彼女のものなんかより、あたしの方が断然……」
「それは、彼女を陥れてまでやることなのかい」
その言葉に、ルビアの動きが止まる。
「我々は、お客さんに喜んで貰うために活動をしている」
「それはもちろん、その通りで……」
「なのに、他人をないがしろにするモノを使ってしまっては、品位に関わる」
「なっ、な……! 品位って、あたしの作品が粗悪品とでも!?」
「心がないのだよ」
劇団団長は、チラリとルビアの作品を見てから。
「キミの服は、上辺だけの美しさしかない」
「……ッ!」
「正々堂々と勝負する気がないモノの品など、使うわけがないだろう!」
叱責を聞き、ルビアは悔しそうに唇をかみしめた。
「こんの……覚えてなさいよ、リフィーナ!」
「「あぁ、まって! ルビア様ー!」」
悔し気な表情を浮かべながら、去ってゆく。
それを、慌てて取り巻きの2人も追いかけた。
「騒がしくしてすまないね、リフィーナくん」
「いいえ。助かりました」
「依頼品、たしかに受け取ったよ。ありがとう、いい仕事ぶりだ」
「……! はい!」
「良かったな、リフィーナ」
「フェルナン……うん!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、劇場前にて。
「うわ、うわー、緊張するぅ」
「挙動不審すぎるだろ」
「だってフェルナンー! こんな凄い特等席で見れるなんて」
普通だと、何十万もするんだよ! 何十万も!
と、興奮気味に話すリフィーナ。
現在、彼女たちがいるのは、上流階級が座るテラス席。
劇団団長から、今回のお礼にとチケットを貰ったのだが……
「こんな場所で、本物の劇を見られるなんて……夢みたい!」
両手を頬に当て、夢見心地なリフィーナ。
その隣に座るフェルナンは呆れ顔ではあるものの
「まぁ確かに、滅多に体験できない経験ができるもんな」
メモを片手に、今か、今かと開始を待っていた。
「失礼。お邪魔するよ」
そんな彼女たちの隣に座る、1人の紳士。
2人は思わず姿勢を正し
「す、すいません! ちょっとはしゃいでしまって」
「申し訳ないです」
「ほほほぅほぅ、気にしなくてよい。しかし、相変わらず騒がしいのお主ら」
お主ら、と言われてリフィーナたちは首を傾げる。
相手は全く面識のない、ダンディなおじさま。
どこで会ったのか思い出せないでいると
「おやおや、気づいておらのか。ワシじゃよ、ワシ」
ポンッ、と煙が出る。
直後に、ばささっ、と羽ばたく音がしたと思うと
【ほほぅほぅ。無事に花を育て上げられたようでなにより】
「「フクロウの魔法使いさん!?」」
【こりゃこりゃ、劇場ではお静かにじゃよ】
注意され、リフィーナとフェルナンは揃って口に手を当てる。
あまりのピッタリな動きに、フクロウの魔法使いは、ほぅほぅと笑った。
【おっととと、姿を戻さねば、ほぅ!】
再び、ポンッ、と煙が出てくる。
しばらくすると、ダンディなおじさまが優雅に座っていた。
「改めて初めまして。フクロウの魔法使いだ」
「うわわ……凄い! あ、リフィーナです!」
「フェルナンです、よろしく」
「ほぅほぅ。キミらは以前、名乗っただろうに」
フクロウの魔法使いは、おかしそうに笑う。
「先日は助けて頂き、ありがとうございました」
「気にしなさんな。ワシは趣味の演劇鑑賞を台無しにされたくなかっただけじゃ」
今から開演がたのしみじゃ。
そう、フクロウの魔法使いは、テンション高めにいった。
―――ビー!
劇場内に、ブザーの音が響き渡る。
開演の合図だ。
「ほらほら、正面を向いて。演劇を楽しもうじゃないか」
「「はい!」」
2人は眼前に広がる舞台を凝視する。
次々と出てくる役者たち。
クルクルと変わる場面に合わせて、舞台装置も変わってゆく。
ライトの光、音楽。
全てが、主人公を輝かせて行く。
「あっ……!」
終盤、リフィーナが作った衣装を身にまとった女優が現れた。
彼女は素晴らしい声と歌声、そしてダンスで観客を魅了する。
それをより映えさせたのは……リフィーナが作った青い衣装。
ブルー・トワイライトローズを存分に使った、あの服だ。
「良かった……ちゃんと、完成できて」
リフィーナの目から、涙が落ちる。
ふと、彼女の目の前に、ハンカチが差し出される。
「拭けよ。まだ舞台は終わってないんだから」
「うん、そうだね。ありがとう、フェルナン」
「どういたしまして」
舞台は、やがてフィナーレへ。
最後のセリフが紡がれ、観客が拍手と共に立ち上がる。
スタンディングオベーションだ。
「すごいぞー!」
「ブラボー!」
あちこちから聞こえてくる、賞賛の声。
その中には……
「主人公の衣装、すっごく綺麗だったね」
「いいなぁ、あたしもあんな服をきてみたーい」
「というか欲しいー! どこに売っているんだろう」
「気になるよね~」
リフィーナが作った衣装を褒める言葉が。
「良かった……頑張って作り上げて、本当に良かった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
平和な日常が戻ってきた。
フェルナンは、今回の出来事を物語にまとめている。
「すっごく創作意欲を刺激されたからな!」
嬉々としていた彼が、1つの作品を仕上げるのに時間はかからないだろう。
一方でリフィーナも、学園での勉強に励みつつ、依頼の品を作成していた。
「今度の人にも、笑顔になって貰わないと……」
1つ、1つ、心を込めて。
服を身にまとう人が、喜んでくれるように。
「……"祝福を"、あなたが幸せでありますように」
世界で一番、その人に合った最高の服を作り、笑顔になってもらう。
リフィーナは夢に向かって、今日も新たな服を作るのであった。
完
春の陽気が気持ちのいい、ある日。
未来の魔法使いたちが通うグランツェ魔法学園で、悲鳴があがった。
涙目になりながら、必死に品物を探す少女は、リフィーナ。
お洋服を作るのが得意な、10歳の女の子だ。
夢は、世界で一番、その人に合った最高の服を作り続けること。
そして、服で笑顔になってもらうことだ。
「なんで? 昨日までは、たしかにココに……!」
リフィーナは、学園内でも有名な魔法使い兼仕立て師でもある。
彼女が作ったお洋服は、どんな不幸からも守ってくれる、と評判だ。
今、彼女が手掛けているのは、5日後に納品予定の舞台衣装。
世界的にも有名な女優が着る予定となっている。
最後の仕上げとして、青く希少なバラを使おうとした時の出来事であった。
「嘘……どうして……!」
リフィーナは学生寮の自室で、必死に花を探す。
けれども、見つからず途方に暮れていた。
「"失せ物よ、出てきて!"」
杖を取り出し、呪文を唱える。
自分が探しているモノの場所を、示してくれるはずなのだが……
「反応が、ない? 部屋のどこにも!?」
室内で光ることは、なかった。
花がないことに落ち込み、リフィーナは座り込んでしまう。
「いや、見つからないのは仕方がない。購買部に、掛け合おう」
彼女は気を持ち直し、自室を出る。
そのまま、学園内の購買部へ向かおうとした時だった。
「あーら、リフィーナさん。お急ぎのようだけどどうされました?」
走り出そうとしたリフィーナを、呼び止める声。
彼女が声のした方を見ると、3人の学園生が佇んでいた。
「……ルビア」
「まさか、依頼品に必要な品物を無くした、とか?」
意地悪く笑う少女の名は、ルビア。
リフィーナの同級生であり、何かと敵視して、いじわるをしてくる子だ。
「ほほほっ、管理がなってないわね。それでもプロ?」
「なぜ、私が品物を無くしたと思ったんですか」
「あれだけうるさい悲鳴をあげれば、誰でも気づきますわ」
ねぇ? と、ルビアは従えている2人の女子生徒に声をかける。
すると、2人は「そうだそうだ」「ルビア様が正しいわ」と賛同した。
「このままでは、衣装も完成させられそうにありませんわね」
「……」
「服がなければ舞台も台無し。あぁ、なんてヒドイ人なのでしょう」
「ホントよねー、さいてー」
「ルビア様の方がよっぽど優秀なのにねー」
ほほほっ、と勝ち誇った笑みを浮かべつつ、ルビアたちは立ち去る。
「まさか、ルビアが、ブルー・トワイライトローズを……?」
リフィーナはそれを悔しそうに見送りながらも……
「でも、負けない。絶対に依頼品は完成させるんだ……!」
決意を新たに、購買部へと走り出した。
まだ在庫があるかもしれない、という期待と共に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ブルー・トワイライトローズの在庫、ありませんか!?」
辿り着いた購買部で、リフィーナは店員に問いかける。
「あら……? 先日、リフィーナさんは予約分を受け取られましたよね?」
「それが、誰かに捨てられてしまって……」
「え!? あの希少な花を。わかったわ、すぐ確認します」
待っている間、リフィーナは不安いっぱいになっていた。
もし、残っていなかったら?
代替えの花を探すべきか、それとも……
ウロウロと購買部の前を、行ったり来たりしていると
「なにやってんだ? リフィーナ」
「フェルナン!」
彼女に声をかける人物がいた。
同じ10歳で金髪碧眼の少年、フェルナンだ。
彼は、リフィーナと幼馴染であり、学園主席の魔法使いである。
本人は、作家として多くの物語を書きたいのだが、親に反対されている。
そのせいか、普段から物語のネタになることに対してはとても敏感だ。
「お前、今は依頼品の制作で忙しいんじゃなかったか?」
「それが……えっとね……」
リフィーナは、ことのいきさつをフェルナンに話す。
すると彼は、眉をしかめて怒りをあらわにした。
「ルビアの奴、また! オレがとっちめてやる!」
怒りで歩き出そうとしたフェルナンを、リフィーナは必死に止める。
「待って、待って! それよりフェルナン、衣装作成を手伝って!」
「いいけど……リフィーナと違って、裁縫系の魔法は得意じゃないぞ」
「実際に作る方じゃないの。もしも在庫がなかったら……」
「リフィーナさん、良いかしら」
リフィーナが説明をしきる前に、購買部の店員が戻ってきた。
彼女は申し訳なさそうな顔をして……
「ごめんなさい。ブルー・トワイライトローズの在庫は無かったわ」
「そんな……!」
「どうやら今朝、全部買い占めた子がいたみたいでね」
店員は購入履歴を見せてくれた。
ズラリと並ぶ名前を辿っていくと……
「購入者は……ルビア!?」
「嫌がらせも、ここまでくるとムカつくな」
「うぅ、なんでこんなことをするのよ……!」
「大量に買った花も、どうするんだろうな。捨てる気か?」
学園には、もうブルー・トワイライトローズは無い。
残る手段は1つ。
リフィーナは覚悟を決め、顔を上げる。
「店員さん。今、この花を採取できる場所はありますか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グランツェ学園の購買部、その店員は語った。
種がある場所は知っている。
しかし、育つ場所が限定されている。
だから、今すぐ欲しい場合は、魔法に頼るしか方法がない。
「……よしっ」
自室で準備を終えたリフィーナはホウキを手に持ち、ドアを開ける。
そこには、同じく旅支度を終えたフェルナンがいた。
「まずは種の入手。その後、育てる場所の確保。だよな、リフィーナ」
「うん、それであってるよ。フェルナン」
時間がない。
衣装の納品日は、5日後。
それに対して、目的地はそれぞれ1日以上かかってしまう。
「急がないと……」
「慌てすぎんなよ。物語でもだいたい、急がば回れだ」
「本当に物語を書きたがりだねー、フェルナン」
「親父が文句いわなきゃ、ずっと話を書きたいんだがな」
あの野郎。と、フェルナンはグチをこぼす。
そんな彼が面白かったのか、リフィーナはクスクスと笑った。
「笑うなよ」
「ううん。フェルナンらしいなーって、物語馬鹿っぷりが」
「うっせー。とにかく、出発しようぜ」
そういうと、フェルナンは持っていたホウキにまたがる。
「"飛翔せよ"」
呪文を唱えると、彼の体はフワリと浮かぶ。
ホウキに浮く力を与え、どこへでも飛んでいける魔法だ。
「おいてくぞー」
「わわっ、待ってよフェルナン! "飛翔せよ!"」
リフィーナも慌ててホウキにまたがり、呪文を唱えた。
一瞬だけ感じる浮遊感。
そのまま、2人は勢いよく晴れ渡った空へと飛びあがった。
「うわぁー、やっぱり空を飛ぶと、気持ちがいいー!」
どこまでも続く青い空と白い雲を見て、リフィーナは嬉しそうだ。
クルクルと回転しながら、喜びを表現している。
「あんまり変な飛び方すんなよ。前みたいに落ちるぞ」
「むぅー、その時は助けてフェルナン!」
「どーしよっっかなー?」
「わわ!? 本当に危なかったら、助けてー!」
いじわるしないでよー! とリフィーナは叫ぶ。
しばらく、彼女の言葉を聞いていたフェルナンだったが
「わかった。わーかった。ちゃんと助けるって」
根負けしたのか、安心させるようにそう伝えてきた。
「本当? 本当に!?」
「本当だ……っと、気を付けろ、リフィーナ。前方が!」
「へ? うわわっ!? なんでこんなところに積乱雲が!?」
目の前に現れた、大きな雲の塊。
僅かに、ピカッ、ピカッ、と光っているのが見える。
どうやら、あの中は激しい雨が降り、雷がなっているようだ。
「どうする、リフィーナ。安全を取って、迂回するか?」
「ううん。そうしちゃうと、納品日に間に合わない!」
イチか、バチか。
リフィーナは、眼の前にある積乱雲を睨みつけ、懐から杖を取り出す。
「魔法で突破しよう! 頼りにしているよ、フェルナン!」
「……いうと思った。んじゃ、物語のヒーローっぽく行くぞ!」
勢いをつけ、2人は積乱雲へと突入した。
途端、凄い勢いで雨が2人をおそい、いろんな方向からゴロゴロと音がなる。
「まずは私! "水をはねのける服!"」
リフィーナが呪文を唱えると、ポンッ、と2着の服が現れた。
カエルの見た目をした、レインコートだ。
「なんだこれ」
「私のオリジナル魔法。1時間限定の魔法服だよ」
「職人専用魔法だな……いや、それ以前に、なんでカエル」
「雨といったら、ゲコゲコのカエルさんだから! かわいいでしょ」
リフィーナは慣れた手つきで、カエルのレインコートを着る。
彼女にはとても似合っていた。
「他の柄もあっただろ」
「あれ、フェルナンって、てるてる坊主の方がよかった?」
「カエルの方がマシだからこれでいいわ」
しぶしぶながら、フェルナンも着込んだ。
空に浮かぶカエル2匹が完成した瞬間である。
事情を知らない第三者がみたら、きっと驚くことだろう。
「さてと、オレも1つやるか」
フェルナンは杖を軽く振り、空中に絵を描いた。
「嵐の中を突き進む主人公は、厄災をものともしない!」
大きな傘を完成させると、彼は力強く呪文を唱える。
「"空想よ、現実となれ!"」
ポンッと出てきたのは、フェルナンが描き上げた傘。
それを見て、リフィーナは頬をふくらませる。
「フェルナンー、それじゃあレインコートを出した意味ないよー」
「これは、雨を防ぐために使ったんじゃないんだよ!」
リフィーナの苦言に、フェルナンが答えた直後。
ゴロゴロゴロゴロ……ピカッ!
「ひやあ――――!?」
雷が、リフィーナたちに襲い掛かった。
けれども、強い光は彼女の目の前でカクン、と折れ曲がる。
そのまま先ほど出てきた傘に、雷は吸い込まれていった。
「避雷針だよ」
「ひらいしん?」
「雷から人やモノを守るヤツだ」
ふーん、と他人事のように頷くリフィーナ。
そんな彼女を見て『絶対に理解していない』と思うフェルナン。
「とにかく、雷はこれで安心していい」
「うん、わかった! よーし、一気に積乱雲を突破しよう!」
「気を抜くなよ、リフィーナ!」
「分かっているよー」
しっかりとホウキに捕まり、2人は積乱雲を一直線に突き進んだ。
やがて……
「ぷはぁ! 抜けた――――――ッ!」
再び、綺麗な青い空が2人の眼前に広がった。
その先には、大きなお城と街が見えてくる。
1つ目の目的地である、この世界でもっとも大きな王国だ。
「あぁ、今の達成感を今すぐメモりてぇ……」
「フェルナーン、気持ちは分かるけど降りてからにしてよねー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王国の城下町に足を踏み入れた、リフィーナとフェルナン。
早速、種があるお店を訪れたのだが……
「閉店―――――ッ!?」
「リフィーナ、お前、最近悪いことでもしたか?」
「してない! 服の制作しかしていないよ―――!」
あまりのトラブル続きに、ついにフェルナンがそう疑いだした。
濡れ衣だと、必死に弁解するリフィーナ。
そんなやりとりをいくら続けても、店が閉店である事実は変わりない。
「仕方ない。他に情報を持っていそうな人を探そう」
「うん!」
2人は、道行く人々に話しかけていきました。
花の種を売っている場所はどこですか?
とても珍しい品を扱っているお店があれば、教えてください。
たくさんの人に声をかけ続けた結果……
「そうだね。郊外にある変な魔法使いなら、持っているかも」
1つの、有益な情報を得ることができた
「変な……」
「魔法使い……?」
「なんでも、フクロウの姿をした魔法使いでね」
普段は、他人と関わりを持たない。
常にフクロウの姿をしており、なぜか会話ができる。
夜行性なのか、日中は絶対に見かけない。
そんな情報を教えられた。
「表現が魔法使いじゃなくて、動物のソレなんだよな……」
「ははは……けど、頼るしかないよね!」
リフィーナたちは、急いでフクロウの魔法使いがいる場所へ向かった。
到着した先で見つけたのは、大樹を利用して作られた家。
いくつかの家具から、魔力を感じることができた。
「ここだよね」
「そのはずだ」
「すいませーん、フクロウの魔法使いさん、いらっしゃいませんかー?」
両手で口を囲むようにして、リフィーナは自分の声を大きくする。
しかし、彼女の声に返答するものはいない。
「まさか、本当にフクロウだから夜行性でお休み中、とか?」
「いやそんなまさか。動物が魔法使いとか、オレは聞いたことないぞ」
「本当に?」
「実在するなら、物語のネタに全力でするからだ」
目を輝かせ、メモを取り出すフェルナン。
この行動から、リフィーナは本気で聞いたことが無いのだと納得する。
「うーん、本当に夜行性だとしたら、夜まで待てばいいけど……」
空を見上げると、太陽は少しずつ地平線へ落ちる準備をしている。
あと1~2時間ではあるが……
「待てない!」
「だよな」
リフィーナの返答を予想していたのか、フェルナンは苦笑いする。
「だいたい、夜行性は何時からか知らないし!」
「……そいや、何時だろうな」
「真夜中とかだと、眠くて針やハサミが狂っちゃうし!」
「寝不足でな」
「そしたら指に刺さって痛いし、布を変に切って没になるし!」
「……若干、私怨が混ざっていないか?」
少し脱線しかけているが、やるべきことは1つ。
すぐにフクロウの魔法使いと会い、種のことを聞く。
「うーん……すぐさま、この周辺だけでも夜にできちゃえばなぁ」
両腕を組んで、リフィーナは頭を悩ませる。
すると、フェルナンは何か閃いた顔をして
「それ、いいな! やってみよう!」
「ふえ!? フェルナン、何かいい案があるの?」
「あるある。というか、これをやるにはリフィーナにも協力して貰わないと」
ええ? と、目を点にするリフィーナ。
彼が思いついた作戦がなにか、想像がつかないようだ。
「どうするの?」
「オレが読んだ作品で、引きこもった神様を舞で呼び出すってのがあるんだ」
神様の興味を引いて、自分から出てこさせる。
これをフクロウの魔法使いに対しても、やろうとフェルナンは提案した。
「えーっと……今が、夜だって錯覚させちゃうってこと!?」
「そういうこと。なーに、オレらならできる」
杖を取り出し、周囲に魔法陣を出現させる。
それを見たリフィーナも、慌てて自分の杖を構えた。
「紡げ、紡げ、物語よ紡げ。さぁ、ここは本の世界ッ!」
「紡げ、紡げ、魔力の糸よ。幻想を守れ!」
2人は互いの杖を重ねて、呪文を唱える。
「"書き上げるは、幻の常闇!"」
「"仕立てるは、闇を包む布!"」
バザリッ、と魔法で作られた巨大な布が、家ごと大樹を包み込む。
まるでドームのようになると同時に、周囲がまっくらになった。
しかし、このままではただの暗闇。
リフィーナは再び杖を構えて
「"月明りよ、照らせ!"」
布の真上に、魔法の月を作り出した。
これによって、布のドーム内は完全に夜となる。
「すいませんーん! フクロウの魔法使いさーん!」
改めて、リフィーナは声をあげた。
するとどうだろう。
家のドアが、ゆっくりと開き……
【誰だよ。こんな夜更けに客なんて……常識的じゃない】
1羽のフクロウが、文句を言いながら出てきた。
2人は一瞬、動きを止めたあと。
「「フクロウが本当にしゃべった―――――!?」」
リフィーナは驚き、思わず杖をフクロウに向ける。
フェルナンは目を輝かせ、メモの準備をはじめた。
あまりの歓迎の違いに、フクロウはしばち沈黙し
【……なにやら、変な客がきた】
と、つぶやいた。
「あ、あの、フクロウの魔法使いさん、実はブルー……」
「つかぬことを伺います! その姿はどうして!? 人の姿は!?」
リフィーナをおしのけ、フェルナンがフクロウに質問攻めをする。
彼女は思った。
彼の悪い癖がでたと。
フェルナンは、昔から作家になりたかった。
親にいわれたとはいえ、魔法使いの道を進んだのも、それが理由だ。
魔法は不思議な力だから、それをネタにしたい。
面白い作品が書けるからだ。
……しかし、フェルナンは時折、良いネタを見つけると暴走する。
今みたいに。
「フェールーナーン!」
「え? あ、あぁ、ごめんリフィーナ。本題はこっちだった……」
注意され、申し訳なさそうにするフェルナン。
リフィーナは咳払いをしてから、フクロウに話しかける。
「初めまして! 私、グランツェ学園所属の魔法使い、リフィーナです」
【まともに挨拶する子がおったか】
フェルナンの気迫に押されていたせいだろうか。
少しだけ、フクロウは疲れ気味だった。
「フクロウの魔法使いさん、教えて欲しいことがあります」
【……なんだ? お前さんも質問攻めか?】
「私の質問は1つだけです。ブルー・トワイライトローズの種についてです」
【ほう? ほうほうほう】
パタタッ、とフクロウは飛び上がり、近くにあった木の枝にとまる。
羽根を口元にやり、なにかを考えはじめた。
【なぜ、それが必要なんじゃ?】
「依頼品を完成させるために必要なんです!」
【ふーむ、お主は魔法使いだが、仕立て屋でもあるのか】
「はい! 世界で一番、その人に合った最高の服を作り、笑顔にしたいんです!」
【ほほぅほう! 世界一ときたか、面白い嬢ちゃんだ】
フクロウはおかしそうにケラケラ笑う。
【そう思った理由は?】
「実は、私の母が女優なんですけど、その舞台が凄いんです!」
小さい頃にみた、母の舞台。
みんながキラキラして、楽しそうで、思わず混ざりたくなる。
そんな素敵な光景に、リフィーナは感動した。
「そしたら、母がいったんです。沢山の人たちが頑張った結果だって」
舞台は1人では成り立たない。
自分だけでは、服は用意できないし、化粧もめちゃくちゃ。
大道具や小道具も作れないし、スポットライトも動かせない。
たくさんの協力があって、自分は輝けるのだと。
「それで私、服で誰かを輝かせたいんです!」
【その結果として、笑顔が欲しいと】
「はい! だって、笑顔は素敵ですから!」
【分かった。少しまっておれ】
パタパタと飛んで、フクロウは室内へ入ってゆく。
しばらくすると、1つの袋を足に掴んで出てきた。
【僅かじゃが、ワシの手持ち分じゃ。使うが良い】
「いいんですか!?」
【あぁもちろん。先ほどの受け答えで、少しお主の記憶を見せて貰ってな】
唐突な事実に、リフィーナは固まる。
そんな魔法をかけられた感覚が、一切、なかったからだ。
カチコチになった彼女をみて、フクロウはさらに笑う。
【作っている衣装じゃが、ワシが楽しみにしている舞台のモノじゃないか】
「そうだったんですか?」
【そうじゃとも。だから、完成させて貰わねばこまる】
ほらっ、とフクロウは1枚の紙を見せてきた。
1週間後に予定されている、舞台のチケットだった。
【袋に育て方のメモを入れた。頑張ってくれたまえ、楽しみにしているから】
「はい! 任せてください!」
リフィーナは、受け取った種が入った袋を大事にしまう。
話が終わったのを確認したのか、フェルナンが1歩前に出て
「では改めて。オレは作家志望のフェルナン! ぜひぜひ、その姿について……」
【……なんじゃこの、魔力と素質は最高そうなのに、残念な少年は】
「すいません。ちょっとだけ付き合ってください……」
好奇心が刺激されまくったフェルナンは止まらない。
どのみち、もうすぐ本当の夜。
今日はこの王国で1晩休むことになった。
「なぜ、フクロウなんですか!? あえて夜行性な行動の意味は!?」
【ストップ、ストップ、落ち着くのじゃ少年!】
「落ち着けません、どんどん答えてください!」
【おおぉ、元気なのは良いことじゃが、もっとクールな方がモテるぞ!】
「モテとかどうでもいいです。さぁ、さぁ、さぁ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。
「寝不足な顔」
「ふぁぁ……いやー、あの魔法使いさん、めっちゃ凄いわ」
「飛行中に落ちないでね?」
「大丈夫だ! むしろ今のオレは、テンションが超高い!」
空をホウキで飛びながら、そんな会話を交わす2人。
結局、その後フェルナンは、ずっとフクロウの魔法使いと話し込んでいた。
それはもう、彼が聞き飽きるまで。
―――若いって、本当にエネルギッシュなんじゃな。
と、疲れた顔で語ったフクロウに、思わず謝罪したリフィーナ。
今頃は全力で爆睡していることだろう。
「すごいんだぜ、あのフクロウさん!」
「というか、本当に人間なんだよね、あの人」
「そうなんだよ。しかもめっちゃ立派な魔法使いで……いいネタになったー!」
子供のように喜ぶフェルナン。
本来の目的を忘れ、このまま執筆に入りそうな雰囲気すらある。
(お父さんに、執筆を止められる反動、すごくでているなー……)
事情を理解しているので、強くやめろとはいえないリフィーナ。
彼の興奮がおさまるのを待つことにしたらしい。
「なにより、動物に変身する魔法なんて……へっくしゅん!」
熱く語っている途中、フェルナンは突然くしゃみをした。
そのまま、片手で自身の腕をかるくさする。
「だいぶ寒くなって来たな……」
「うん、もうちょっとで本格的に雪も降り始めるよ」
今、2人が向かっているのは世界でもっとも標高が高い雪山。
ブルー・トワイライトローズは、本来、雪がある場所で育つ花。
そのため、育成に最適な場所へとやってきたのだ。
「開花時期がもうちょっと遅かったら、咲いてるのを摘めたのに」
「嘆いても仕方ない。今は、ちゃんと育てることに注力しよう」
「うん、そうだね、フェルナン」
種が入った袋には、育て方も書かれていた。
・標高が高い雪山で育てること
・山頂かつ、雪がない地面を見つけること
・炎の力で暖かくすること
・魔力を注ぎ、成長を促進させること
・注意事項! 赤い鳥の攻撃には気を付けること
これらの条件を守れば、ブルー・トワイライトローズは手に入る。
「とはいえ、めっちゃ寒くなってきたので……」
リフィーナは杖を出して、新たな服を作り出す。
今度は、サンタのような厚手のコート。
それを受け取ったフェルナンは
「なんで、魔法で作る服は、普通のやつと違って変なセンスなんだよ」
率直な疑問をなげかけてきた。
するとリフィーナは不思議そうな顔をして答える。
「え? だってほら、これは1時間で消えるから想像しやすい方が良いもん」
「冬だからサンタってのは、分かりやすさとして認めるけど」
そういいながらも、フェルナンはサンタコートを羽織る。
寒さが軽減されたのか、ホッとため息をつく。
「しっかし、こんな状況で雪の無い地面なんてあるのか?」
「うーん……難しそうだよね」
チラチラと降り始めた雪を眺めつつ、2人は頂上へと向かった。
やがて目的地に到着し、ホウキから降り立つと……
「なんだこの不自然な、雪の無い場所は……」
「フェルナン、ここ、土があったかい!」
「え!?……本当だ、なんでここだけ……」
「うーん、謎だよね」
リフィーナたちは首を傾げるが、答えは出ず。
「悩んでいても仕方ない。種を植えよう」
「よしっ、まずは土を掘ってっと……」
持ってきたスコップで、小さな穴をいくつか作る。
そこに、種を1つずつ入れて、やさしく土をかぶせた。
リフィーナはメモを読み、次の工程を確認する。
「フェルナン。周囲を炎の力であたためをお願い」
「了解。とはいえ、やり過ぎたら枯れるよな……"炎よ、灯れ!"」
力加減を調整し、フェルナンは周囲に炎をともす。
残る作業は魔力を種に注ぎ込むこと。
リフィーナは杖を構え
「よしっ、"成長せよ!"」
種に向けて魔力を注ぎ込んだのだが……
「芽が出ないな」
「なんでー!? 水とかあげないといけないとか!?」
慌てて、メモを再確認してゆく。
一通りの作業は、間違いなく実施した。
それでも、種が成長する気配がない。
「……どうなっているの? まだ、何かが足りない?」
うーん、と2人が頭を悩ませた時だった。
バサッ、バサッ、バサッ、と羽ばたく音が耳にはいる。
なんだろう、とリフィーナたちは視線を空に向けると……
「な、ななな、ななななな――――!?」
「真っ赤な、鳥!?」
赤い何かをちらせながら、優雅に飛ぶ鳥。
まるで炎のように真っ赤な羽根と胴体。
本当に燃えているような尻尾。
「フェ、フェルナン! 本とかで知らない!? 燃えてる鳥さん!」
「……恐らくだけど、あれはフェニックスだ」
「フェニックス!? なにそれー!」
「見た目の通り、体が炎で作られている鳥で、不老不死の特性を持っている」
本物を見ることができるなんて!
と、フェルナンはメモを取り出しそうになる。
だが、リフィーナがすかさずそれを止めた。
それどころではないからだ。
「キエェェ―――――ッ!」
フェニックスは、大きく叫ぶと2人に迫ってきた。
「危ない、リフィーナ! "氷の壁よ!"」
フェニックスが口から炎を吐き出す。
それを、フェルナンが魔法で防いだ。
「あっつ……今の攻撃だけで、夏みたいな暑さになった!」
するとどうだろう。
周囲の雪が、次々と解けて地肌が見えてきた。
「そうか! このあたりに雪がなかったのはフェニックスのせいか!」
「もしかして私たち、あの子の生息区域に入っちゃった?」
「恐らくな。侵入者を排除するために、ここにいるんだろう」
フェニックスの攻撃は止まない。
何度も吐かれる、炎の塊。
それらを、フェルナンは次々と防いでゆく。
「くっそ……! これじゃあキリがなさすぎる」
「なにか、なにか解決方法は……」
リフィーナは、改めてメモを見返してゆく。
1つ、1つを丁寧に再確認してゆき……
「まさか!」
ある事実に気が付いた。
「フェルナン! 花を育てるには、フェニックスの協力がいるかも!」
「はぁ!? どういうことだよ、リフィーナ!」
彼女はメモに再び目を向ける。
「『炎の力で暖かくすること』が、フェニックスの炎なんだよ!」
ただし、その際には炎がまき散らされる。
だからこそ、メモには『赤い鳥の攻撃には気を付けること』があるのだ。
花を育てるために、フェニックスの炎の力がいる。
だけど、自分たちはやけどしないように気を付けろ。
それこそが、メモの真意だとリフィーナは気が付いた。
「つまり、フェニックスの攻撃を上手く回避しながら……」
「魔力を種に注げば、ブルー・トワイライトローズが咲くはず!」
「悩んでいる暇はないか……やってみよう!」
リフィーナとフェルナンは、上手くフェニックスを誘導する。
自分たちが種を植えた周辺に、炎が落ちるように。
さらに、逃げながらも魔力を順番に注ぎ込んでゆく。
「「"成長せよ!"」」
すると、どうだろう。
ポコッと土が盛り上がったかと思うと、小さな芽が顔をだした。
「っ! フェルナン、芽が!」
「あぁ、このまま続けるぞ、リフィーナ!」
「うんっ!」
炎を直撃させないように。
ゆっくり、じんわりと周囲の地面だけを温めてゆく。
その間にも、リフィーナたちは魔力を注ぎ続け……
「咲いた!」
ついに、ブルー・トワイライトローズが咲き誇った。
「すごいな。雪山で、ここまで花が咲き乱れるなんて……」
「うん! すごいよね!」
一瞬、あまりの美しさに心を奪われそうになるが
「キエェェ―――――ッ!」
「やばっ、まだフェニックスがいたんだ。リフィーナ、急げ!」
「わかった!」
フェルナンが足止めする間に、急いで花を回収してゆく。
すべてを摘み終え、リフィーナは顔を上げる。
「終わったよ!」
「おっしゃ! これで全力が出せるぜ!」
杖を軽くまわし、飛びまわるフェニックスに狙いを定める。
「"貫け、刃!"」
放たれた魔力は、一直線に飛んでゆく。
そのまま、フェニックスの肩を貫こうとしたが……
「なっ、かわされた!?」
最低限の動きで、彼の攻撃は回避されてしまう。
フェルナンは慌てて、次弾を放とうとするが、間に合わない。
「フェルナン! "守りの布よ、包み込め!"」
リフィーナは、ありったけの魔力を糸に注ぎ込む。
そのまま一気に縫い上げた布を、持ち上げて
「いっけー!」
フェニックスに向かって、投げつけた。
バサリッ、と大きく広がった布は、迫りくる鳥を捕獲する。
「ギエェ! キエェェ――――!」
布の中でジタバタと動き回るフェニックス。
「フェルナン、逃げよう! あの布、あんまり持たないと思う!」
「助かった」
2人はホウキにまたがる。
そのまま、全速力でその場を離れた。
「あっぶなかったぁ……死ぬかと思ったぜ」
「本当に助かったー! ありがとう、フェルナン」
「どういたしまして。いやー、ひりついたぜ」
これなら今すぐ、バトル小説が書けそうだ。
と、彼は肩を落としながらいう。
一気に山を下り、雪の無い平地へ。
「このまま学園に戻って、衣装を完成させなきゃ……!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
学園に戻ったリフィーナは、すぐさま最後の仕上げに取り掛かった。
納品日までは、残り3日。
寝る間も惜しんで、彼女は必死に衣装を作った。
「"花の色よ、布へ!"」
採取したブルー・トワイライトローズの一部は、染めに。
残りはドライフラワーにして、腰や肩へ装飾品として仕上げてゆく。
ゆっくりと、丁寧に。
着る人のことを思って、しっかりと。
(この衣装を来て、演技するんだ)
決して派手にはせず、それでいて、存在感は消さず。
(主役の美しさを、存分に引き立てて……)
この役柄であれば、この衣装。
誰もがすぐにイメージしやすい服。
一瞬で、この人物だとわかるような。
(すごく表現が難しい……難しいけど……)
リフィーナは、手を動かしながらも笑顔を浮かべる。
(楽しい! 服を作ることが、とっても!)
心の底から、創作を楽しんでいた。
次々と飾りが仕上がってゆく。
それを、1つずつ服を合わせて、微調整をして。
ゆっくりと、着実に、完成形に近づいていった。
「間に合いそうか? リフィーナ」
「うん。ギリギリだけどいけるはず!」
三日三晩、彼女は必死に作業を続け、ついに……
「で、できた――――ッ!」
納品日の朝に、見事な衣装が完成した。
「すっげぇ……めっちゃいい出来じゃないか!」
「ありがとうフェルナン! あなたのお陰で間に合ったよ!」
「お礼は後でいい。それより、早く依頼主へ届けねーと」
「そうだった! っと。その前に!」
リフィーナは衣装をゆっくりと抱きしめた。
「……"祝福を"、あなたが幸せでありますように」
僅かな光と共に、彼女の想いが込められる。
衣装を丁寧に包み、リフィーナはフェルナンと共に駆け出す。
目的地は、依頼主のいる劇場。
今頃、公演前の最終リハーサル中だろう。
学園からほどちかい劇場に駆け込むと……
「どうですか? こちらの衣装。恐らく彼女は間に合いません」
「う、うむ……」
「あたしの作品を使ってください!」
「ルビア!?」
そこには、ルビアが取り巻きと共に交渉をしていた。
みると、リフィーナと同じ青い衣装が飾られている。
「あいつ、購買部で花を買い占めたのは、そういうことだったのか!」
遅れてやってきたフェルナンが毒づく。
あの日、ルビアによって買い占められたブルー・トワイライトローズ。
彼女はそれを使って、衣装を仕立て上げていた。
間に合わなくなったリフィーナの代りに、それを依頼主に渡す。
そうして、彼女の功績を奪おうとしていたのだ。
「待ちなさい、ルビア! 依頼品は完成させました!」
「なっ!? リフィーナ、あなた、なぜ……!」
「嘘でしょ、どうして完成しているの!?」
「あいつの分は、捨てたはず……あっ」
取り巻きの1人が、うっかりと口を滑らせる。
「やっぱり、私が入手した分を捨てたのはあなたたちだったのね」
「……ほほほっ、それがなに? しょせん間に合わせの品を持って来たくせに」
勝ち誇った表情で、ルビアはそういった。
それを無視して、リフィーナは依頼主である劇団団長の元へ。
「遅くなって申し訳ありません」
ゆっくりと、持ってきた包みを開き
「こちらが、ご依頼の品となります」
綺麗に仕上がった衣装を手渡した。
劇団団長は、まじまじとそれを見て
「これは……素晴らしい!」
嬉しそうに微笑んだ。
「色、飾り、デザイン。どれをとっても最高だ。イメージにピッタリ!」
「ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっと! あたしが先に交渉していたのよ!?」
我慢ならず、ルビアが割って入ってくる。
しかし、劇団団長は冷たい視線を彼女に向けた。
「ルビアくん。キミは先ほど、なんといったかね」
「え? それは……」
「リフィーナくんは間に合わない。だから自分の作品をと」
「えぇそうですわ。彼女のものなんかより、あたしの方が断然……」
「それは、彼女を陥れてまでやることなのかい」
その言葉に、ルビアの動きが止まる。
「我々は、お客さんに喜んで貰うために活動をしている」
「それはもちろん、その通りで……」
「なのに、他人をないがしろにするモノを使ってしまっては、品位に関わる」
「なっ、な……! 品位って、あたしの作品が粗悪品とでも!?」
「心がないのだよ」
劇団団長は、チラリとルビアの作品を見てから。
「キミの服は、上辺だけの美しさしかない」
「……ッ!」
「正々堂々と勝負する気がないモノの品など、使うわけがないだろう!」
叱責を聞き、ルビアは悔しそうに唇をかみしめた。
「こんの……覚えてなさいよ、リフィーナ!」
「「あぁ、まって! ルビア様ー!」」
悔し気な表情を浮かべながら、去ってゆく。
それを、慌てて取り巻きの2人も追いかけた。
「騒がしくしてすまないね、リフィーナくん」
「いいえ。助かりました」
「依頼品、たしかに受け取ったよ。ありがとう、いい仕事ぶりだ」
「……! はい!」
「良かったな、リフィーナ」
「フェルナン……うん!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、劇場前にて。
「うわ、うわー、緊張するぅ」
「挙動不審すぎるだろ」
「だってフェルナンー! こんな凄い特等席で見れるなんて」
普通だと、何十万もするんだよ! 何十万も!
と、興奮気味に話すリフィーナ。
現在、彼女たちがいるのは、上流階級が座るテラス席。
劇団団長から、今回のお礼にとチケットを貰ったのだが……
「こんな場所で、本物の劇を見られるなんて……夢みたい!」
両手を頬に当て、夢見心地なリフィーナ。
その隣に座るフェルナンは呆れ顔ではあるものの
「まぁ確かに、滅多に体験できない経験ができるもんな」
メモを片手に、今か、今かと開始を待っていた。
「失礼。お邪魔するよ」
そんな彼女たちの隣に座る、1人の紳士。
2人は思わず姿勢を正し
「す、すいません! ちょっとはしゃいでしまって」
「申し訳ないです」
「ほほほぅほぅ、気にしなくてよい。しかし、相変わらず騒がしいのお主ら」
お主ら、と言われてリフィーナたちは首を傾げる。
相手は全く面識のない、ダンディなおじさま。
どこで会ったのか思い出せないでいると
「おやおや、気づいておらのか。ワシじゃよ、ワシ」
ポンッ、と煙が出る。
直後に、ばささっ、と羽ばたく音がしたと思うと
【ほほぅほぅ。無事に花を育て上げられたようでなにより】
「「フクロウの魔法使いさん!?」」
【こりゃこりゃ、劇場ではお静かにじゃよ】
注意され、リフィーナとフェルナンは揃って口に手を当てる。
あまりのピッタリな動きに、フクロウの魔法使いは、ほぅほぅと笑った。
【おっととと、姿を戻さねば、ほぅ!】
再び、ポンッ、と煙が出てくる。
しばらくすると、ダンディなおじさまが優雅に座っていた。
「改めて初めまして。フクロウの魔法使いだ」
「うわわ……凄い! あ、リフィーナです!」
「フェルナンです、よろしく」
「ほぅほぅ。キミらは以前、名乗っただろうに」
フクロウの魔法使いは、おかしそうに笑う。
「先日は助けて頂き、ありがとうございました」
「気にしなさんな。ワシは趣味の演劇鑑賞を台無しにされたくなかっただけじゃ」
今から開演がたのしみじゃ。
そう、フクロウの魔法使いは、テンション高めにいった。
―――ビー!
劇場内に、ブザーの音が響き渡る。
開演の合図だ。
「ほらほら、正面を向いて。演劇を楽しもうじゃないか」
「「はい!」」
2人は眼前に広がる舞台を凝視する。
次々と出てくる役者たち。
クルクルと変わる場面に合わせて、舞台装置も変わってゆく。
ライトの光、音楽。
全てが、主人公を輝かせて行く。
「あっ……!」
終盤、リフィーナが作った衣装を身にまとった女優が現れた。
彼女は素晴らしい声と歌声、そしてダンスで観客を魅了する。
それをより映えさせたのは……リフィーナが作った青い衣装。
ブルー・トワイライトローズを存分に使った、あの服だ。
「良かった……ちゃんと、完成できて」
リフィーナの目から、涙が落ちる。
ふと、彼女の目の前に、ハンカチが差し出される。
「拭けよ。まだ舞台は終わってないんだから」
「うん、そうだね。ありがとう、フェルナン」
「どういたしまして」
舞台は、やがてフィナーレへ。
最後のセリフが紡がれ、観客が拍手と共に立ち上がる。
スタンディングオベーションだ。
「すごいぞー!」
「ブラボー!」
あちこちから聞こえてくる、賞賛の声。
その中には……
「主人公の衣装、すっごく綺麗だったね」
「いいなぁ、あたしもあんな服をきてみたーい」
「というか欲しいー! どこに売っているんだろう」
「気になるよね~」
リフィーナが作った衣装を褒める言葉が。
「良かった……頑張って作り上げて、本当に良かった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
平和な日常が戻ってきた。
フェルナンは、今回の出来事を物語にまとめている。
「すっごく創作意欲を刺激されたからな!」
嬉々としていた彼が、1つの作品を仕上げるのに時間はかからないだろう。
一方でリフィーナも、学園での勉強に励みつつ、依頼の品を作成していた。
「今度の人にも、笑顔になって貰わないと……」
1つ、1つ、心を込めて。
服を身にまとう人が、喜んでくれるように。
「……"祝福を"、あなたが幸せでありますように」
世界で一番、その人に合った最高の服を作り、笑顔になってもらう。
リフィーナは夢に向かって、今日も新たな服を作るのであった。
完
