「ナイッシュー犬神!」
「すごーい!犬神君連取!」

 授業中、校庭に目をやると優君の姿があった。
 サッカーをしている優君なんだか楽しそう。小学校はサッカーのクラブチームに所属してたらしいけど、中学では入部しないらしい。
 あっ得点決めた!胸がドキドキして目が離せなかった。クラスメイトとハイタッチする優君の姿に、トクンと鼓動がひとつ大きく跳ねた。

「では次、西条寺。一文和訳してみてくれ」
「はっはい」

 名前を呼ばれ視線を教室に戻した。黒板に書かれた英文を和訳し終わると、先生が持っていた教科書を教卓に置いた。

「さすが西条寺だな。発音もきれいで、帰国子女というだけのことはある」
「ありがとうございます」

 余所見してたのバレちゃったかな。気をつけなきゃ。
 そう思いつつ、もう一度だけこっそりと校庭を見た。いつの間にか男子に交じり、観客席に女子が加わっていた。女の子たちの明るい声。
 いいな。あんなそばで応援できて・・・。

 チャイムが鳴りすぐに教室を出た。急いで校庭へ出れば優君に会える。

「千保どこいくの?」
「ちょっと急用!」

 走りながらレナに返事をし、校庭に近い渡り廊下まで向かった。
 渡り廊下にやってくると、校庭で授業を終えた生徒たちが、教室へ戻る途中だった。柱の陰に隠れて優君が来るのを静かに待った。
 あの後、許婚暴露の件は気にしないって言ってくれたけど。あんまり学校では話しかけられたくなさそうだった・・・。でも、ちょっとくらいなら、いいよね?

 肩を指先でトントン叩かれた。振り返ると、見知らぬ男の子が立っていた。少し跳ねた金髪に人懐っこい笑顔。
 綺麗な髪色。ハーフかな?

「もしかして西条寺サンじゃんない?」
「えっと・・・」
「あっ犬神探してるの?」
「は、はい」
「やっぱり!オレ、クリス。犬神の大親友なんだ~!」
「優君の大親友!?」
「そうそう。超仲良しなの」
「初めまして、私は西条寺千保です」

 知らなかった。優君に大親友がいたなんて。西条寺千保なんたる失態。

「知ってる、知ってる~だって君、犬神君の許嫁なんでしょ?」
「はっはい」
「オレ最初『許婚』って日本語知らなかったんだよねぇ~。だからさ犬神に聞いたら、照れくさそうに教えてくれたんだ」
「優君が?」
「そう!そのときの犬神がちょーウケるの!オレはそもそも、許婚の意味を知らないって言ってんのにさぁ~。顔真っ赤かにして照ちゃって。可愛いウガッ!」
「黙れ」

 後ろから現れた優君が、クリス君の後頭部を瞬殺でしとめた。その拍子に、握られていた手も離れた。

「いってーな、犬神!暴力反対!」
「だったらそれ以上言うな」
「えーいいだろ。本当の話しなんだから。ぬふふ」
「おい」
「いいなぁ~オレも許婚欲しい~」
「普通欲しがるのは彼女だろ」
「あっゴメンゴメン!オレがいたら二人の邪魔だよネ!先に教室戻ってるから、犬神はごゆっくり♡」

 クリス君は私の手をすくいあげると、ぎゅっと握った。

「またゆっくり話そうね、千保ちゃん。バイバーイ」

 ニコニコと笑顔を振りまく姿に、自然とこちらも笑っていた。あの人が優君の大親友なのね。少し意外かも。でも、良い人そうでよかった。
 遠ざかって行くクリス君に手を振っていると、隣から視線を感じた。優君が目を細めながら、私を見ている。

「どうしたの?」
「なんで手握られてんの」
「えっそれはクリス君から・・・ちょっとびっくりしちゃったけど」

 手を後ろに引こうとすると、優君にその手を掴まれた。私の手をジッと見ている。触れている部分が、急に熱くなっていく。

「あの・・・」
「隙多すぎ」
「うん?」

 優君は「別に」と口をとがらせながら、私の手を離した。

「で、なに?・・・なんか用があったんじゃねーの?」
「う、うん。用ってほどじゃないんだけど」

 あれ、どうしたんだろう。いざ、言おうとすると緊張してきた。

「優君さっさっき、シュート決めてたよね。とってもかっこよくて、すごく楽しそうだなって。わ、私はサッカーとか、よくわからないけど。優君が楽しそうだから、きっと楽しんだろうなって」
「・・・は?」
「あぁっ、ゴメン!あんまり話しかけるなって言われてるのに」

 いつもみたいに、スラスラ言葉が出てこない。早口になってく。指先が微かに震えていた。

「とにかくかっこよかった!じゃっ私、教室戻るねっ!」

 優君から逃げるように、渡り廊下を走り教室へ戻った。初夏の風は、火照った私の頬を冷ましてくれなかった。


「ったく・・・なんだよ、千保の奴」
「なぁ~んだ。許婚は親同士が勝手に決めただけで、お互いは好きじゃないとか言ってたけど、西条寺サンYOUにゾッコンじゃん」
「クリス。お前に教室戻ったんじゃなかったのか」
「オレのこの美貌で手を握ってなびかな子なんて、日本に来て初めて見たよ」
「千保も海外生活長いからな」
「むしろ気にしてたのは犬神だったね」
「お前」
「ハハハ。ねぇ本当は好きじゃないの?西条寺サンのこと」
「・・・俺なんかじゃ幸せにできねぇよ」
「なにそれ?どういう意味?日本的考え方?」
「さぁな・・・」