三階まで上がって来ると、まめ蔵を下ろした。廊下の電気は消えていた。
「ちょっと待っててね」
「クゥ~ン」
「確かこの辺に、あった!」
電気のスイッチを付けた。優君の部屋の前に立ち一呼吸おいてから、ノックをした。
「ゆーくん!茜さんがご飯作ってくれたから食べよう。優く――」
けれど返事がない。もう一度、優君の名前を呼んだけど、部屋から人の気配すらしない。
もしかして、寝てるとか?
何度目か呼んだときだった。後ろの脱衣所から物音が聞こえ振り返った。そこには、Tシャツに着替えた優君の姿があった。
「なに」
「あっ、ご飯ができたから呼びに」
「後で行く」
やっぱり怒ってる。
優君は元々、言葉数が多い方じゃない。だから、言葉の端々が冷たいのがわかる。
「今日は本当にごめんなさい」
「・・・」
「私、自分のことしか考えてなくて・・・。優君に迷惑をかけちゃって」
「別に。もう、済んだことだし仕方ない」
「これからは、許婚としてちゃんと、優君を護れるようにするからね」
優君の肩がピクリと動いた。そのまま足音を立てずに、ゆっくりとこちらにやって来る。私の正面で止まった。
いつもと、なにかが違う・・・。優君がまとっている空気が重い。
「その護るってなんだよ」
掠れた声が落ちてきた。優君を見上げると、伸びた前髪のせいで、顔が隠れている。
「お前に護られてるって思うと、苛々するんだよ・・・」
「そ、それは」
「だいたい、許婚の話しだって親同士が勝手に決めたことだろ。どうして簡単に受け入れられるんだよ」
「だって小さい頃からお父様に言われてたから。そうなることが両家にとって最善だって・・・。ううん。私は、優君だから許婚の話を受け入れられたの」
「・・・だったら」
優君の指が私の顎を掴み、無理矢理に上を向かされた。
「許婚ならさ、こういうことされても平気ってことだろ?」
突然のことに驚いた。反射的に優君の腕を離そうとしたけど、ビクともしない。どうすればいいかわからなくて、何度も瞬きを繰り返した。ゆっくりと近づいてくる優君の顔。・・・ようやく理解した。でも、もう私に逃げ場なんてなかった。ふっとかかる息に、思わず目を閉じた。
いつかは優君とキスをすることを、思い描いていた。だけど、こんな形は予想してない――。
「ワンワンッ」
まめ蔵の声だった。固く瞑っていた目を開けると、ほぼ二人同時にまめ蔵の方を見ていた。尻尾を振りながら、こちらへ走って来る。
「ま、まめ?」
「ワンワンッ」
「なんでここにいるんだ!?ってうわっ!来るな!!」
「ダメ!!」
とっさに手を伸ばした。優君に飛びつこうとする、まめ蔵を捕まえるため。けれど、まめ蔵は私を振り抜き、優君に飛びついた。優君とまめ蔵の体が触れた。
「しまった・・・優君!?」
間に合わなかった。優君の体は見る見るうちに、小さくなっていく。牙が伸び、腕から毛が生えていく。その姿は、犬の姿へと変わってしまった。
「ワンッワンッ」
まめ蔵は、犬なった優君を見ると、不貞腐れた顔を舐め上げている。
「もぉまめ蔵、待っててって言ったのに」
さっきまで優君が着ていたTシャツを拾うと、まめ蔵と同じサイズの犬になった優君の姿。
犬なっても機嫌の悪さが伝わってくる。目つきが恐いままだ。んぅ~でも、この姿もまた可愛い。触りたい。モフモフしたいっ・・・!
「ハッ!?ごめん!!カバンに薬入ってるから取って来るね。・・・優君?」
優君を抱えようとすると抵抗された。プリプリとおしりを左右に振りながら、部屋に向かっていく。そして、バタンと器用に後脚を使い乱暴にドアを閉めた。
「はぁーこれじゃ、また優君に怒られちゃうよ・・・」
一人になった廊下で、思い出したように体に熱が宿った。
あと少しで、触れそうになった唇に触れてみる。胸の鼓動が早まり、顔が火照り出した――。
「ちょっと待っててね」
「クゥ~ン」
「確かこの辺に、あった!」
電気のスイッチを付けた。優君の部屋の前に立ち一呼吸おいてから、ノックをした。
「ゆーくん!茜さんがご飯作ってくれたから食べよう。優く――」
けれど返事がない。もう一度、優君の名前を呼んだけど、部屋から人の気配すらしない。
もしかして、寝てるとか?
何度目か呼んだときだった。後ろの脱衣所から物音が聞こえ振り返った。そこには、Tシャツに着替えた優君の姿があった。
「なに」
「あっ、ご飯ができたから呼びに」
「後で行く」
やっぱり怒ってる。
優君は元々、言葉数が多い方じゃない。だから、言葉の端々が冷たいのがわかる。
「今日は本当にごめんなさい」
「・・・」
「私、自分のことしか考えてなくて・・・。優君に迷惑をかけちゃって」
「別に。もう、済んだことだし仕方ない」
「これからは、許婚としてちゃんと、優君を護れるようにするからね」
優君の肩がピクリと動いた。そのまま足音を立てずに、ゆっくりとこちらにやって来る。私の正面で止まった。
いつもと、なにかが違う・・・。優君がまとっている空気が重い。
「その護るってなんだよ」
掠れた声が落ちてきた。優君を見上げると、伸びた前髪のせいで、顔が隠れている。
「お前に護られてるって思うと、苛々するんだよ・・・」
「そ、それは」
「だいたい、許婚の話しだって親同士が勝手に決めたことだろ。どうして簡単に受け入れられるんだよ」
「だって小さい頃からお父様に言われてたから。そうなることが両家にとって最善だって・・・。ううん。私は、優君だから許婚の話を受け入れられたの」
「・・・だったら」
優君の指が私の顎を掴み、無理矢理に上を向かされた。
「許婚ならさ、こういうことされても平気ってことだろ?」
突然のことに驚いた。反射的に優君の腕を離そうとしたけど、ビクともしない。どうすればいいかわからなくて、何度も瞬きを繰り返した。ゆっくりと近づいてくる優君の顔。・・・ようやく理解した。でも、もう私に逃げ場なんてなかった。ふっとかかる息に、思わず目を閉じた。
いつかは優君とキスをすることを、思い描いていた。だけど、こんな形は予想してない――。
「ワンワンッ」
まめ蔵の声だった。固く瞑っていた目を開けると、ほぼ二人同時にまめ蔵の方を見ていた。尻尾を振りながら、こちらへ走って来る。
「ま、まめ?」
「ワンワンッ」
「なんでここにいるんだ!?ってうわっ!来るな!!」
「ダメ!!」
とっさに手を伸ばした。優君に飛びつこうとする、まめ蔵を捕まえるため。けれど、まめ蔵は私を振り抜き、優君に飛びついた。優君とまめ蔵の体が触れた。
「しまった・・・優君!?」
間に合わなかった。優君の体は見る見るうちに、小さくなっていく。牙が伸び、腕から毛が生えていく。その姿は、犬の姿へと変わってしまった。
「ワンッワンッ」
まめ蔵は、犬なった優君を見ると、不貞腐れた顔を舐め上げている。
「もぉまめ蔵、待っててって言ったのに」
さっきまで優君が着ていたTシャツを拾うと、まめ蔵と同じサイズの犬になった優君の姿。
犬なっても機嫌の悪さが伝わってくる。目つきが恐いままだ。んぅ~でも、この姿もまた可愛い。触りたい。モフモフしたいっ・・・!
「ハッ!?ごめん!!カバンに薬入ってるから取って来るね。・・・優君?」
優君を抱えようとすると抵抗された。プリプリとおしりを左右に振りながら、部屋に向かっていく。そして、バタンと器用に後脚を使い乱暴にドアを閉めた。
「はぁーこれじゃ、また優君に怒られちゃうよ・・・」
一人になった廊下で、思い出したように体に熱が宿った。
あと少しで、触れそうになった唇に触れてみる。胸の鼓動が早まり、顔が火照り出した――。


