校舎を出て、一人で校門に向かった。遅くなるようだったら、迎えに行くとお手伝いさんに言われている。連絡をしようと、スマホを取り出した。すると、前を歩いている優君を見つけた。

「優くーん!一緒に帰ろう」

 優君のところまで駆け足で向かった。

「今日は帰り遅いんだな」
「友達と少し話してたから。あっ!私ね、友達できたんだよ。今度犬神君にも紹介」

「おいおい、見ろよあれ」
「まじかよ。ウワサの西条寺サンと犬神サンじゃ~ん」
「二人で帰るなんてラブラブだねぇさすが許婚」

 二人組の男子生徒がに冷やかしの言葉をかけてきた。
 一般科の人たちだ・・・。

「プッ!狂犬神は尻に引かれるタイプなんだな」
「大切にしてねぇ〜西条寺さん」
「ちょっと!今の言葉訂正して!失礼で・・・ゆ、う君?」

 私が止めにかかろうとすると、優君の手がそれを遮った。

「言いたい奴には言わせておけばいい」
「でもっ」
「そういう連中。時間の無駄」

 優君が男子生徒を、鋭い刃のような目で睨みつけた。今にも喰いつきそうな目に、威勢のよかった二人は怯んだ。足早に立ち去って行く。

「いちいちムキになってたらきりがないぞ」
「だけど、私は・・・。私は、犬神君があんな風に言われているのを見て、黙っていられないよ」

 私が言葉に詰まっていると、優君の手が私の頬に触れた。包まれた手のひらのぬくもり。
 うん?このシチュエーションは・・・ま、まさかキッキッキス!?

「あっ、あぁの・・・えっと、むにゅ」

 優しく頬を包んでいた手が、頬をむにゅりっとつねってきた。

「むぅーいはい」
「恐い顔してる。そういう顔は千保に似合わない」
「へぇ?ほんなほはいはほしへは!?(えっそんな恐い顔してた!?)」

 優君の手が私から離れた。

「はぁ・・・。でもさっきのは私のせいだよね。私が優君との許婚の話し言っちゃったから。お父様に犬神君を護るように言われてるのに。これじゃ全然できてない」
「・・・なんだよ、護るって」
「お父様から言われてるの。私が、優君を護るの」

 優君はスッと視線を流し「ふざけんな・・・」と小さく吐き捨てた。一気に冷却された空気。そのまま目の前を横切ると、一人で歩いていく。

「あっ待ってよ」

 小学校の頃、日本と海外を行ったり来たりだった。一般家庭の子が通う公立の学校は、私にとって馴染めないことが多かった。六年間通う予定だったけど、結局、お父様の仕事の都合に従った。だから、中学は優君と通いたかった。
 今は無事に同じ学校に通えてるけど。優君との距離が縮まらなくて寂しい・・・。私は優君のこともっと、もっと知りたいのに。優君はそうじゃないのかな。

 それ以上会話はなく、無言のまま家に着いた。

□□□

「ただいま」
「あら?二人一緒だったんだ。ふふふ、なんだかんだ仲良くやってるのね」
「たまたまだよ」
「またそんなこと言っちゃって」
「まめ蔵ただいまっ!ちゃんとお利口さんに待っててくれた?」
「ワンッワンッ」

 犬神動物病院にまめ蔵を引き取りに行くと、私の声に元気に走って来てくれた。

「絶対に近づけんなよ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。まめ蔵はわかってるから」

 優君はまめ蔵を警戒しながら、自分の部屋がある二階へ上がって行ってしまった。
 やっぱり、許婚暴露しちゃったこと怒ってるのかな・・・。

「はぁ~」
「ワンッワンッ」
「ふふふっまめ蔵ただいまぁ~まめ蔵が私の癒しよ」

 まめ蔵をなでると、短いしっぽを勢いよく振っている。
 シャッターを閉めていた茜さんが待合室に戻って来た。

「今日も終わったー。よし!そうだ、千保ちゃんもせっかくだからご飯食べていってよ」
「えっいいんですか?」
「もちろん。一人暮らしだと食事も味気ないでしょ。今日は私が夕食当番だから!カレーだけどいい?」
「わーい!ありがとうございます!あっ私も準備手伝います」
「助かるわ。ありがとう」
「まめ蔵も行こう」

 犬神家は一階が動物病院、二階、三階は自宅の造りになっている。茜さんに続いて私はまめ蔵を抱えて階段を上がった。

「いい匂い!とっても美味しそう!」
「普通のカレーだけどね。でも、そう言ってもらえると嬉しいな。優一郎は愛想がないから、なに作っても同じリアクションなのよね。おまけに素直じゃないし」
「茜さんのお料理、毎回美味しいです。私も見習いたいくらい」
「そう?照れるなぁ〜」

 リビングには、美味しそうなカレーの香りが広がっていた。空腹を思い出したかのように、食欲がわいてくる。テーブルクロスを敷いて食器を用意すると、茜さんが温め直したカレーを、焚きたての白いご飯の上にのせた。

「美味しそう~」
「ゴメン千保ちゃん、優一郎呼んできてくれる?」
「はい」
「にしてもさっきの優一郎すごい機嫌悪そうだったな。下りてくるかな」

 カレーをテーブルに並べていると、茜さんが洗い場で独り言のように零した。
 やっぱりもう一度、謝ろう。
 私はまめ蔵と一緒に、優君の部屋がある三階へと向かった。