「千保っ!!」
教室のドアを開けると、クラスメイトの美堂レナ(ミドウ レナ)が慌てて駆け寄って来た。ドンッと両肩に手が乗せられた。
「おはようレナ。どうしたの?」
「いっい今、犬神優一郎と登校してなかった?」
「うん。朝、会ったからそのまま一緒に登校したの」
私の一言に、落ち着いた朝の教室が急にザワついた。向けるその視線は、まるで異様な者を見る目だった。
けれど、その中でも一番驚いているのは――。
「ギャァァアア!!!なんってことなの!?」
聞いたレナ本人。舞台女優さながらの叫び声をあげた。私の肩から離れた手は、口元に添えられている。そして、倒れ込むように一歩下がった。
「我が聖マリアンヌ学園中等部、始まって以来の不良と言われている、あんな野蛮そうな男と登校するなんてっ!・・・ハッ!?どこかケガはない!?」
レナは私の身体をくまなく調べ始めた。
身を案じてくれている様子だけど。この反応はなに・・・?
「野蛮って優、いっ犬神君は普通に優しい人だよ?」
「なっ、熱でもあるの!?それとも弱みでも握られて・・・いや、脅されているのね!!それなら良い弁護士紹介するわっ」
「熱もないし、脅されてもいないよ。弁護士さんも結構です」
「・・・本当に大丈夫なの?」
レナは瞬きを繰り返した。肩まで伸びた髪は、今日も軽く巻かれている。前髪は勉強のときに邪魔だからと、いつもきっちりと上げていた。
「でも、心配だわ。犬神優一郎と言ったら、狂犬の異名を持つ不良よ。狂犬神って呼ばれてるの」
「きょうけんがみ?」
「学校さぼって、フラフラしたり、喧嘩ばかりで生傷が堪えなかったりとウワサよ。・・・おまけに目だって、こーんなに吊り上げちゃって!うぅぅ恐っ」
優君のマネをしているのか、瞼をギュッと指で上げながら睨みをきかせるレナ。
それは確かに、朝の優君の目だ。
「犬神君は、見た目は少し怖い印象もあるけど・・・実際はそんなことはないよ。とても優しいの。昼間に学校へ来ないのは―――」
犬になって、とは絶対に言えない・・・。
「もぉー千保ったら犬神優一郎の味方ばかりしちゃって。私は一人の友人として心配してるのよ」
「あっありがとう。でも本当に大丈夫だから」
「それにね、私たちエリートの特Aと一般科の犬神優一郎が登校するって言うだけで非難轟轟なのよ」
「どうして?」
「はぁ~千保ったらそんなこともわからないの?」
レナは眉毛を下げながらため息をついた。そして、グッと顔を近づけてくる。威圧感に押され、背がのけぞってしまった。
「我が聖マリアンヌ学院は、日本を支える名家の後継ぎだけが集まるエリート校!その中でも、この特Aクラスは各分野のトップ家系しか、入ることが許されない限られたクラスなの。かく言う私も、祖父は元法務省、父は防衛省長官。将来、日本初の女総理大臣になるのが私、美堂レナよ!」
「相変わらずの熱弁です。すっすごいなぁレナ」
関心して自然と拍手を送ってしまった。周りのクラスメイトたちも気づけば拍手をしている。
「なに言ってるの!千保だって日本最大手、今や世界ドップに入る製薬会社、西条寺製薬の娘でしょ!!」
「でも私はお父様の跡を継ぐなんて無理だし、お兄ちゃんがいるから」
「とにかく!そんなあなたが一般科と仲良くするってことが、私たちのブランドを下げることになるのよ」
「そうそう、美堂君の言う通り友人選びは考えた方がいい・・」
隣の席の花園君が、会話に割り込んで来た。タブレットをスクロールし、眼鏡をカチッとかけ直した。
「あんな野蛮そうな奴、僕はごめんだね。君は帰国子女で、家柄に対して無頓着のようだから、少しくらい気にしたらどうかな?僕ら特Aと一般科じゃ、同じ学園と言えど住む世界が違う」
「・・・相変わらず嫌味な言い方ね。まっ花園の言うことはもっともだけど」
「君のところの会社と、僕の病院はそれなりに取引があるんだ。君が野蛮な奴とつるんでいると、僕までそういう目で見られかねないだろ?」
眼鏡の奥にある細い目で、私を一瞥するとすぐにタブレットへと視線を戻した。
「みんなだって犬神君のこと全然知らないでしょ。なのに、そんな言い方・・・」
「知らないね。僕の人生において、これから先知ることもないだろう。ただ、今後の仕事上で君と僕とは、長い付き合いになると思うよ。どちらと交友を結ぶのが得策かあきらかだろ?」
他人を信用するな、と父に言われ育った。それは自分の身を護ることでもあると。西条寺家の家柄がどれほどの影響力を持っているのか、まだ理解しきれていないことも多い。
だけど、だけどこの先なにがあっても、決まってることがある。
「花園君の病院と父の会社が、どれほど関わっているかは知らないけれど・・・私と友好な関係を築きたいなら、犬神君とも仲良くしておいた方が良いと思う」
「それ、どういう意味かな?」
花園君の眼鏡が、窓から差し込む日差しで反射している。それをまたカチッと上げながら私を見た。
「だって、犬神君は私の許婚だから――」
一瞬の静寂だった。まるで嵐の前のような異様な静けさ。
「「「「えぇぇええええええええ!?!?!」」」」
それは、教室が揺れるほどのどよめきだった。いつも優雅なヴァイオリンと、ピアノの音色が響く学園の日常をぶち壊す騒動となった。特Aクラスの教室を越えて、学園中に轟いた――。
教室のドアを開けると、クラスメイトの美堂レナ(ミドウ レナ)が慌てて駆け寄って来た。ドンッと両肩に手が乗せられた。
「おはようレナ。どうしたの?」
「いっい今、犬神優一郎と登校してなかった?」
「うん。朝、会ったからそのまま一緒に登校したの」
私の一言に、落ち着いた朝の教室が急にザワついた。向けるその視線は、まるで異様な者を見る目だった。
けれど、その中でも一番驚いているのは――。
「ギャァァアア!!!なんってことなの!?」
聞いたレナ本人。舞台女優さながらの叫び声をあげた。私の肩から離れた手は、口元に添えられている。そして、倒れ込むように一歩下がった。
「我が聖マリアンヌ学園中等部、始まって以来の不良と言われている、あんな野蛮そうな男と登校するなんてっ!・・・ハッ!?どこかケガはない!?」
レナは私の身体をくまなく調べ始めた。
身を案じてくれている様子だけど。この反応はなに・・・?
「野蛮って優、いっ犬神君は普通に優しい人だよ?」
「なっ、熱でもあるの!?それとも弱みでも握られて・・・いや、脅されているのね!!それなら良い弁護士紹介するわっ」
「熱もないし、脅されてもいないよ。弁護士さんも結構です」
「・・・本当に大丈夫なの?」
レナは瞬きを繰り返した。肩まで伸びた髪は、今日も軽く巻かれている。前髪は勉強のときに邪魔だからと、いつもきっちりと上げていた。
「でも、心配だわ。犬神優一郎と言ったら、狂犬の異名を持つ不良よ。狂犬神って呼ばれてるの」
「きょうけんがみ?」
「学校さぼって、フラフラしたり、喧嘩ばかりで生傷が堪えなかったりとウワサよ。・・・おまけに目だって、こーんなに吊り上げちゃって!うぅぅ恐っ」
優君のマネをしているのか、瞼をギュッと指で上げながら睨みをきかせるレナ。
それは確かに、朝の優君の目だ。
「犬神君は、見た目は少し怖い印象もあるけど・・・実際はそんなことはないよ。とても優しいの。昼間に学校へ来ないのは―――」
犬になって、とは絶対に言えない・・・。
「もぉー千保ったら犬神優一郎の味方ばかりしちゃって。私は一人の友人として心配してるのよ」
「あっありがとう。でも本当に大丈夫だから」
「それにね、私たちエリートの特Aと一般科の犬神優一郎が登校するって言うだけで非難轟轟なのよ」
「どうして?」
「はぁ~千保ったらそんなこともわからないの?」
レナは眉毛を下げながらため息をついた。そして、グッと顔を近づけてくる。威圧感に押され、背がのけぞってしまった。
「我が聖マリアンヌ学院は、日本を支える名家の後継ぎだけが集まるエリート校!その中でも、この特Aクラスは各分野のトップ家系しか、入ることが許されない限られたクラスなの。かく言う私も、祖父は元法務省、父は防衛省長官。将来、日本初の女総理大臣になるのが私、美堂レナよ!」
「相変わらずの熱弁です。すっすごいなぁレナ」
関心して自然と拍手を送ってしまった。周りのクラスメイトたちも気づけば拍手をしている。
「なに言ってるの!千保だって日本最大手、今や世界ドップに入る製薬会社、西条寺製薬の娘でしょ!!」
「でも私はお父様の跡を継ぐなんて無理だし、お兄ちゃんがいるから」
「とにかく!そんなあなたが一般科と仲良くするってことが、私たちのブランドを下げることになるのよ」
「そうそう、美堂君の言う通り友人選びは考えた方がいい・・」
隣の席の花園君が、会話に割り込んで来た。タブレットをスクロールし、眼鏡をカチッとかけ直した。
「あんな野蛮そうな奴、僕はごめんだね。君は帰国子女で、家柄に対して無頓着のようだから、少しくらい気にしたらどうかな?僕ら特Aと一般科じゃ、同じ学園と言えど住む世界が違う」
「・・・相変わらず嫌味な言い方ね。まっ花園の言うことはもっともだけど」
「君のところの会社と、僕の病院はそれなりに取引があるんだ。君が野蛮な奴とつるんでいると、僕までそういう目で見られかねないだろ?」
眼鏡の奥にある細い目で、私を一瞥するとすぐにタブレットへと視線を戻した。
「みんなだって犬神君のこと全然知らないでしょ。なのに、そんな言い方・・・」
「知らないね。僕の人生において、これから先知ることもないだろう。ただ、今後の仕事上で君と僕とは、長い付き合いになると思うよ。どちらと交友を結ぶのが得策かあきらかだろ?」
他人を信用するな、と父に言われ育った。それは自分の身を護ることでもあると。西条寺家の家柄がどれほどの影響力を持っているのか、まだ理解しきれていないことも多い。
だけど、だけどこの先なにがあっても、決まってることがある。
「花園君の病院と父の会社が、どれほど関わっているかは知らないけれど・・・私と友好な関係を築きたいなら、犬神君とも仲良くしておいた方が良いと思う」
「それ、どういう意味かな?」
花園君の眼鏡が、窓から差し込む日差しで反射している。それをまたカチッと上げながら私を見た。
「だって、犬神君は私の許婚だから――」
一瞬の静寂だった。まるで嵐の前のような異様な静けさ。
「「「「えぇぇええええええええ!?!?!」」」」
それは、教室が揺れるほどのどよめきだった。いつも優雅なヴァイオリンと、ピアノの音色が響く学園の日常をぶち壊す騒動となった。特Aクラスの教室を越えて、学園中に轟いた――。


