「ねぇねぇちょっとアレ。特Aクラスじゃない?」
「本当だ。どうして一般科の校舎に?」

 特Aと一般科の校舎は分かれて建てられている。
 優君に会うために一般科にやってきたけど。思っていた以上に見られてる。
 やっぱり引き返そうかな。家に帰って落ち着いて。でもお兄ちゃんの前だと気まずいし。それにもし、お兄ちゃんが転入の話しを優君していたら・・・。

「あれ!?西条寺サンだ」
「クリス君?」
「やった~オレのこと覚えてくれたの?嬉しい」

 教室から出て来たクリス君が声をかけてくれた。

「あの優君は?」
「犬神なら今帰ったけど?」
「えっもう帰っちゃったの?」
「うん。アイツいつも授業終わると、一番に教室出て行くからさ~」

 せっかくここまできたのに。もぉ私なにやってるんだろう。

「犬神ならさっき図書室の方に行ったの見たぞ」
「えっ犬神が図書室?まじで?っぽくねぇ」
「だよなぁ~クックク。女と歩いてたゼ」

 教室の中にいた男の子たちが、クスクスと歯を見せて笑っている。
 女の子と図書室?

「一般科の図書室って四階だったよね?」
「そうそう。オレもついてってあげたいんだけど、この後補習があって。一人で大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。行ってみる。ありがとうね」
「また遊びに来てね。ばいば~い」

 クリス君に見送られ図書室へ向かった。階段を上っていると、ポツポツと雨が降り出したのが見えた。
 帰宅する生徒の波に逆走しながら四階へと上って来た。四階の廊下は特別教室しかないので、人の姿がなかった。

「こっちかな?」

 えっと、理科室に準備室に・・・あった図書室だ。
 それにしても優君が図書室だなんて。なにか調べものでもあるのかな。
 ドアの前に立つと、奥から微かに声が聞こえてきた。優君がいると思い私は迷わずにドアを開けた。

「優君いるー?」

 優君と首に、手を回す女の人。その回された手がアスパラみたいに白くて細い。ブラウスのボタンを二、三個外している。濡れた唇には人工的なツヤが足されていて・・・それから、それから・・・。

「えっ、誰?」

 女の人が私に気付いてこちらを見た。特に驚いた様子もなくて、少しだけ気まずそうな顔を見せると、優君の首に回していた手を離した。
 その光景は、生乾きの雑巾を顔面に張り付けられたような不快感だった。

「千保?」
「犬神の知り合い?」

 まわらない頭で願った。次に出てくる言葉は、これは違うって慌てる優君を・・・。

「なに?」

 けれど向けられた言葉は冷たくて、夏に差し掛かっているこの時期に寒気がした。耐えられなくて、床に視線を落とした。気づかないうちに、唇を噛みしめていた。
 優君がこちらへ来る気配がしする。足元に落としていた視線に、優君の足が入った。

「俺になんか用?」
「あ、の・・・私、優君に聞いてもらいことが、あって」

 声が震えた。こんな顔をしている優君を見るのは初めてだった・・・。

「聞いてもらいたいこと?そんなの兄貴に頼めばいいだろ。俺今忙しいから」
「忙しい?なにが?」
「見てわかんない?あーお嬢様育ちのお前にはわかんないか」
「・・・」
「もう話しかけんな。迷惑なんだよ。いつまでもつきまとわれるの」
「なっなんで?なんでそんなこと言うの?私は優君の」

 ――私は優君のなに?

 目の前の視界がぼやけていた。浅くなった息が震えた。

 初めて会った日、私以上に警戒している優君を見て、護らなきゃって思った。だけど公園で一人ぼっちだった私に、優君は声をかけてくれた。

 護られたのは自分だと気づいた。だから私ももっと強くなりたかった。お父様に言われたように、優君を護れるよう。だって私にとっての幸せは、優君と一緒にいることだから・・・。

「そ、そんなに迷惑なら・・・もっと早く、言ってくれれば良かったのに」

 平然を装うとした。優君にこれ以上迷惑がられたくなかったから。声がかすれて上手く出てこない。
 頭の奥がズキズキと痛む。
 ぎゅっと制服のスカートを握りしめた。

「わっ私そういところ鈍いから。わかんないよ」

 頬に涙が流れていた。それを見られたくなくて、力任せにドアを閉めた。
 図書室から逃げるように走った。
 悔しいのか、悲しいのかわからない。ぐちゃぐちゃだ・・・。胸の奥がズキズキと痛む。走りながら頬に伝う涙をぬぐってもぬぐっても溢れてくる。

 結局私は、いくつになっても世間知らずのまま――。優君に迷惑をかけてばかりだったんだ。