翌朝起きると、リビングにお兄ちゃんの姿はなかった。用意してくれた朝食に、胸が苦しくなった。
昨日のこともあったから、少しだけほっとしたけど・・・。久しぶりの再会に、こんなこと思うなんて酷い妹・・・。
リビングのカーテンを開けると外は曇りだった。ため息が出そうになるのを呑み込んだ。
「ダメダメこんなんじゃ!」
私は支度を済ませ、まめ蔵と犬神動物病院へ向かった。
外は先ほどよりも分厚い灰色の雲が広がっていた。予報だと夕方からは雨が降るみたい。出かけ際に、傘を持って家を出た。
リードで繋がれ、たまめ蔵が私を急かすように走って行く。動物病院にやって来るとお兄ちゃんと優君の姿があった。二人で話しているなんて珍しい。なぜか、胸騒ぎを感じた。
私は、まめ蔵が優君に触れないように、抱きかかえてから声を掛けた。
「ワンワンッ」
「おはよう。どうしたの二人で」
「おはよう千保。お父様から預かった新薬を、優一郎君に渡しに来たんだよ」
「新薬?そんな話聞いてなかったけど」
優君は一度だけ私を見る、背を向けて歩いて行ってしまった。
まめ蔵いるからかな。少し話したかったけど。
「千保ちゃんおはよう。まめ君も、おはよう!」
「ワンッ」
「茜さんおはようございます。今日もよろしくお願いします」
「あら!?もしかして昂君!?」
「お久しぶりです茜さん。いつも千保がお世話になってます」
「やだぁ~全然気づかなかった!いつ帰って来たの?相変わらず顔面偏差値高いわね」
「いえいえ、そんなことありませんよ。昨日、帰って来たばかりです」
「う~ん!またその謙遜具合がそそるのよね。眼福♪」
茜さんいつになくテンションが高くなっていた。まめ蔵のリードを外すと、ドッグランがある裏庭の方へ走って行った。やっぱり一人で家に留守番させるよりここに連れてきた方が楽しそう。
「そうだ。茜さん、今日の委員会の仕事で帰りが遅くなるかもしれないです」
「いいわよ、気にしないで。ここ閉まってたら、裏口から入ってくれていいからね」
「それなら僕がまめをむかえに来るよ」
「えっいいの?」
「もちろん。今日の予定はもう決まっているから、夕方くらいには迎えに来れるはずだよ」
「じゃぁお願いしようかな。もし仕事が長引きそうだったら連絡して」
「あぁ。わかったよ。千保はまめ蔵には過保護だね」
私の頭にポンッと手を乗せた。
良かった。いつものお兄ちゃんだ・・・。
「それじゃ行ってくる」
「あっ待ってお兄ちゃん」
車に乗り込むお兄ちゃんに、慌てて駆け寄った。エンジンが掛かると、窓が下りていく。
「どうした?」
「さっき優君となに話してたの?」
「・・・気になる?」
「もしかして昨日のこと?私まだなにも決めてないから」
「さぁどうだろうね」
「お兄ちゃん!」
「心配しなくて大丈夫だよ。さっきも言ったけど、お父様に頼まれた新薬を渡しただけ」
「新薬ってなに?お父様からそんなこと聞いて」
「じゃ、もう時間だから」
お兄ちゃんは笑顔でそう言うと強引に窓を閉めた。
灰色の雲空を背景に、車はあっという間に小さくなっていく。
□□□
校庭の片隅に、向日葵の花が咲き始めていた。明るい元気いっぱいの花。だけど、曇り空のせいか、どこか寂し気に見えた。
「えっ!?千保のお兄さんって、あの西条寺昂だよね?今、日本にいるの!?」
「昨日の夜に突然帰って来びっくりしたよ。ってレナにお兄ちゃんの話したことあった?」
「したことなくても知ってるわよ。有名人じゃない!先月号の『次世代を担うTwenty Caravan』の表紙トップだったし」
「あぁ、あの雑誌読んでくれたんだ」
「世界的に見ても、あの雑誌は超超有名よっ!」
レナはスマホで簡単に検索すると、英文で書かれた記事の中から、お兄ちゃんの写真が掲載されているページを私に見せた。
「ほら!すぐに出てくる!今後の医薬界で大注目されてるんでしょ」
「うん。昔から取材とか受けてた」
「おまけにこのメンツだしね。かっこいいわよ。・・・ってどうしたの?浮かない顔して。お兄さんが帰って来て嬉しいんじゃないの?」
「うん。嬉しいよ。嬉しいけど・・・」
「じゃあその浮かない理由は他にあるの?」
スマホを机に置くと、レミの猫目が私を覗いた。
学園の窓から見える空は、動物病院と見上げた空と同じ灰色をしていた。鼻の奥をツンと雨の匂いがさす。
「・・・それが、アメリカで一緒に暮らそうって言われて。お兄ちゃんが通う大学の中等部への手続きしてるらしいの」
「あら、突然ね。それで?」
「それだけだよ」
すると、真剣だったレナがガクッと肩を落とした。
「はぁ?そんなこと!?」
「えと?」
「お兄さんの付属ってあのラーディアン学校でしょ!?」
「うん。よく知ってるね」
「私だったら絶対にYESよ!特Aに身を置くものなら即決するわ!」
「でも私には優君がいるから、日本を離れるなんてできないよ」
「えっ、ちょっと待って。それ本気で言ってるの?そんな理由じゃ犬神優一郎も納得しないでしょう?」
朝の優君を思い出した。なにも言わずに、一人で歩いて行く優君の後姿を。
「千保は将来的にやりたいこととかないの?許婚だからって結婚後のことまで決められてるわけじゃないでしょ?」
「・・・そうだけど」
「まぁ私が口を出すことでもないか。そういうのは犬神優一郎とちゃんと相談した方がいいんじゃない?」
「優君に?」
「だって許婚なんでしょ?将来にも関わることだし二人で決めたら?」
そのとき予鈴が響いた。もうすぐ先生がやってくる。自由時間を過ごしていた、クラスメイトたちは席に着き始めた。レナも席に戻って行った。
授業が始まっても、レナの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
・・・将来を話し合うって、漠然としすぎててよくわからないよ。中学だって入学したばかりなのに。
昨日のこともあったから、少しだけほっとしたけど・・・。久しぶりの再会に、こんなこと思うなんて酷い妹・・・。
リビングのカーテンを開けると外は曇りだった。ため息が出そうになるのを呑み込んだ。
「ダメダメこんなんじゃ!」
私は支度を済ませ、まめ蔵と犬神動物病院へ向かった。
外は先ほどよりも分厚い灰色の雲が広がっていた。予報だと夕方からは雨が降るみたい。出かけ際に、傘を持って家を出た。
リードで繋がれ、たまめ蔵が私を急かすように走って行く。動物病院にやって来るとお兄ちゃんと優君の姿があった。二人で話しているなんて珍しい。なぜか、胸騒ぎを感じた。
私は、まめ蔵が優君に触れないように、抱きかかえてから声を掛けた。
「ワンワンッ」
「おはよう。どうしたの二人で」
「おはよう千保。お父様から預かった新薬を、優一郎君に渡しに来たんだよ」
「新薬?そんな話聞いてなかったけど」
優君は一度だけ私を見る、背を向けて歩いて行ってしまった。
まめ蔵いるからかな。少し話したかったけど。
「千保ちゃんおはよう。まめ君も、おはよう!」
「ワンッ」
「茜さんおはようございます。今日もよろしくお願いします」
「あら!?もしかして昂君!?」
「お久しぶりです茜さん。いつも千保がお世話になってます」
「やだぁ~全然気づかなかった!いつ帰って来たの?相変わらず顔面偏差値高いわね」
「いえいえ、そんなことありませんよ。昨日、帰って来たばかりです」
「う~ん!またその謙遜具合がそそるのよね。眼福♪」
茜さんいつになくテンションが高くなっていた。まめ蔵のリードを外すと、ドッグランがある裏庭の方へ走って行った。やっぱり一人で家に留守番させるよりここに連れてきた方が楽しそう。
「そうだ。茜さん、今日の委員会の仕事で帰りが遅くなるかもしれないです」
「いいわよ、気にしないで。ここ閉まってたら、裏口から入ってくれていいからね」
「それなら僕がまめをむかえに来るよ」
「えっいいの?」
「もちろん。今日の予定はもう決まっているから、夕方くらいには迎えに来れるはずだよ」
「じゃぁお願いしようかな。もし仕事が長引きそうだったら連絡して」
「あぁ。わかったよ。千保はまめ蔵には過保護だね」
私の頭にポンッと手を乗せた。
良かった。いつものお兄ちゃんだ・・・。
「それじゃ行ってくる」
「あっ待ってお兄ちゃん」
車に乗り込むお兄ちゃんに、慌てて駆け寄った。エンジンが掛かると、窓が下りていく。
「どうした?」
「さっき優君となに話してたの?」
「・・・気になる?」
「もしかして昨日のこと?私まだなにも決めてないから」
「さぁどうだろうね」
「お兄ちゃん!」
「心配しなくて大丈夫だよ。さっきも言ったけど、お父様に頼まれた新薬を渡しただけ」
「新薬ってなに?お父様からそんなこと聞いて」
「じゃ、もう時間だから」
お兄ちゃんは笑顔でそう言うと強引に窓を閉めた。
灰色の雲空を背景に、車はあっという間に小さくなっていく。
□□□
校庭の片隅に、向日葵の花が咲き始めていた。明るい元気いっぱいの花。だけど、曇り空のせいか、どこか寂し気に見えた。
「えっ!?千保のお兄さんって、あの西条寺昂だよね?今、日本にいるの!?」
「昨日の夜に突然帰って来びっくりしたよ。ってレナにお兄ちゃんの話したことあった?」
「したことなくても知ってるわよ。有名人じゃない!先月号の『次世代を担うTwenty Caravan』の表紙トップだったし」
「あぁ、あの雑誌読んでくれたんだ」
「世界的に見ても、あの雑誌は超超有名よっ!」
レナはスマホで簡単に検索すると、英文で書かれた記事の中から、お兄ちゃんの写真が掲載されているページを私に見せた。
「ほら!すぐに出てくる!今後の医薬界で大注目されてるんでしょ」
「うん。昔から取材とか受けてた」
「おまけにこのメンツだしね。かっこいいわよ。・・・ってどうしたの?浮かない顔して。お兄さんが帰って来て嬉しいんじゃないの?」
「うん。嬉しいよ。嬉しいけど・・・」
「じゃあその浮かない理由は他にあるの?」
スマホを机に置くと、レミの猫目が私を覗いた。
学園の窓から見える空は、動物病院と見上げた空と同じ灰色をしていた。鼻の奥をツンと雨の匂いがさす。
「・・・それが、アメリカで一緒に暮らそうって言われて。お兄ちゃんが通う大学の中等部への手続きしてるらしいの」
「あら、突然ね。それで?」
「それだけだよ」
すると、真剣だったレナがガクッと肩を落とした。
「はぁ?そんなこと!?」
「えと?」
「お兄さんの付属ってあのラーディアン学校でしょ!?」
「うん。よく知ってるね」
「私だったら絶対にYESよ!特Aに身を置くものなら即決するわ!」
「でも私には優君がいるから、日本を離れるなんてできないよ」
「えっ、ちょっと待って。それ本気で言ってるの?そんな理由じゃ犬神優一郎も納得しないでしょう?」
朝の優君を思い出した。なにも言わずに、一人で歩いて行く優君の後姿を。
「千保は将来的にやりたいこととかないの?許婚だからって結婚後のことまで決められてるわけじゃないでしょ?」
「・・・そうだけど」
「まぁ私が口を出すことでもないか。そういうのは犬神優一郎とちゃんと相談した方がいいんじゃない?」
「優君に?」
「だって許婚なんでしょ?将来にも関わることだし二人で決めたら?」
そのとき予鈴が響いた。もうすぐ先生がやってくる。自由時間を過ごしていた、クラスメイトたちは席に着き始めた。レナも席に戻って行った。
授業が始まっても、レナの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
・・・将来を話し合うって、漠然としすぎててよくわからないよ。中学だって入学したばかりなのに。


