「イヤリングですか?届いてないですけど」
「そうですか・・・。ありがとうございます」
雑貨屋さんの店のドアを閉めると、昼間と同じようにカランカランと、乾いたベルの音がした。噛みしめていた唇からため息が零れた。
「千保」
「ゆ、優くん?どうして」
「お前が急に青い顔して帰るなんて言い出すから、追いかけて来たんだろ」
優君の姿に、胸から込み上がる感情を必死で押し戻した。「どうした?」と優君が続けた。できるだけ深く息を吸い込んだ。それを二、三回繰り返して、ようやくいつものように口が開いた。
「イヤリング落とした」
「イヤリング?」
「お母様から貰った」
「お母様って呉羽さんからの?」
優君の言葉に頷いた。大通りにはまだ人がたくさんいて、その流れを遮るように私たちは立っていた。
「なんで、それ先に言わねーんだよ。この店にはなかったのか?」
「うん・・・どうしよう。失くしちゃったかもしれない」
「じゃ次レコードショップ行くぞ」
優君は数件離れたレコードショップに向かい走って行った。目の奥が滲みかけて、振り払うように優君を追いかけた。外の窓から覗くと、店員さんと優君が話してるのが見えた。すぐに出て来ると辺りを見渡している。
「この店にもないって、次は駅の方か。行くぞ」
先を歩いて行く優君の背中が、人混みに紛れて行きそうになって慌ててついて行く。ミュールの音がカツカツとアスファルトを叩く。
どうして、落としたことに気づかなかったんだろう。あんなに大切にしていたのに・・・。
□□□
『うわぁ~お母様のお耳、キラキラついてるキレイ!首飾りも素敵』
『ありがとう千保。ふふふ、これはね。お父様が最初に買ってくれたプレゼントなのよ』
『お父様が?』
『そう、一番気に入ってるの』
『とってもカワイイ』
――お母様との思い出は、そんなに多くはない。きっとたくさんあった。たくさんあったけど私が忘れてしまっている。
あれは、私が五歳のときだった。体調が優れず日本に戻って来たばかりだからよく覚えてる。お母様が検査入院から帰って来た次の日。お父様が食事に行くからと、久々のドレスコードをした。
私は白色のふわふわのドレスを着せてもらって上機嫌だった。そしてお母様がいつもとは違うアクセサリーをつけていて、私はすぐにそれに気づいた。
『そうだ千保。千保にこれをあげるわ』
『でもお母様の大切な物』
『そう。大切な物だから貴方に身に着けて欲しいの。いつか貴方にも、特別な人ができたときにこれをつけて行ってね。素敵な女性になる手助けをしてくれるわ』
お母様はそう言うと、耳に着けていたイヤリングを、私の小さな耳たぶに付けてくれた。大人になった気分でとても嬉しかった。
いつかこのイヤリングをつけて出かける日を、楽しみにしていた。
□□□
辺りは次第に薄暗くなり始めていた。街灯や店のネオンが少しづつ灯っていく。夜に向かう風が、足元で吹いた。
「優君、もういいよ・・・。ごめんね。付き合わせちゃって。一つ失くしても、もう片方はあるから」
結局、立ち寄った店にはなくて、駅に行き紛失届を出した。
「これだけ探してもないんだから仕方ないよね」
「俺も気づかなくて・・・」
「優君が謝ることじゃないよ。私の不注意で。・・・今日は浮かれちゃってたから」
言葉が震えかけて、つまってしまった。胸の中に石が詰め込まれたみたいに重い。
「お母様の大切な物だったの。なのに・・・。怒られてしまう」
視界が滲みかけたときだった。気がつくと優君に抱き寄せられていた。その腕がとっても優しくて温かい。
「怒らねーよ。呉羽さんは。優しい人だから」
「私も大切にしようと思ってたのに、落としちゃった。ごめんなさい」
誰に対しての詫びなのか私自身わからなかった。ただ、失くしてしまった自分を、誰かに許してもらいたかった。
苦しくなって、優君にしがみつくと、答えてくれるように腕の力が強くなった。
「恐いの・・・。お母様との思い出まで、消えてしまいそうで」
「消えねぇって。ちゃんと残ってるから、ずっと」
私が落ち着くまで、優君はずっと抱きしめてくれていた。本当は私が護らなきゃいけないのに・・・。私は甘えてばかりだ。腕の中に招いてくれた優君は、あの頃と変わらずに優しかった。
「そうですか・・・。ありがとうございます」
雑貨屋さんの店のドアを閉めると、昼間と同じようにカランカランと、乾いたベルの音がした。噛みしめていた唇からため息が零れた。
「千保」
「ゆ、優くん?どうして」
「お前が急に青い顔して帰るなんて言い出すから、追いかけて来たんだろ」
優君の姿に、胸から込み上がる感情を必死で押し戻した。「どうした?」と優君が続けた。できるだけ深く息を吸い込んだ。それを二、三回繰り返して、ようやくいつものように口が開いた。
「イヤリング落とした」
「イヤリング?」
「お母様から貰った」
「お母様って呉羽さんからの?」
優君の言葉に頷いた。大通りにはまだ人がたくさんいて、その流れを遮るように私たちは立っていた。
「なんで、それ先に言わねーんだよ。この店にはなかったのか?」
「うん・・・どうしよう。失くしちゃったかもしれない」
「じゃ次レコードショップ行くぞ」
優君は数件離れたレコードショップに向かい走って行った。目の奥が滲みかけて、振り払うように優君を追いかけた。外の窓から覗くと、店員さんと優君が話してるのが見えた。すぐに出て来ると辺りを見渡している。
「この店にもないって、次は駅の方か。行くぞ」
先を歩いて行く優君の背中が、人混みに紛れて行きそうになって慌ててついて行く。ミュールの音がカツカツとアスファルトを叩く。
どうして、落としたことに気づかなかったんだろう。あんなに大切にしていたのに・・・。
□□□
『うわぁ~お母様のお耳、キラキラついてるキレイ!首飾りも素敵』
『ありがとう千保。ふふふ、これはね。お父様が最初に買ってくれたプレゼントなのよ』
『お父様が?』
『そう、一番気に入ってるの』
『とってもカワイイ』
――お母様との思い出は、そんなに多くはない。きっとたくさんあった。たくさんあったけど私が忘れてしまっている。
あれは、私が五歳のときだった。体調が優れず日本に戻って来たばかりだからよく覚えてる。お母様が検査入院から帰って来た次の日。お父様が食事に行くからと、久々のドレスコードをした。
私は白色のふわふわのドレスを着せてもらって上機嫌だった。そしてお母様がいつもとは違うアクセサリーをつけていて、私はすぐにそれに気づいた。
『そうだ千保。千保にこれをあげるわ』
『でもお母様の大切な物』
『そう。大切な物だから貴方に身に着けて欲しいの。いつか貴方にも、特別な人ができたときにこれをつけて行ってね。素敵な女性になる手助けをしてくれるわ』
お母様はそう言うと、耳に着けていたイヤリングを、私の小さな耳たぶに付けてくれた。大人になった気分でとても嬉しかった。
いつかこのイヤリングをつけて出かける日を、楽しみにしていた。
□□□
辺りは次第に薄暗くなり始めていた。街灯や店のネオンが少しづつ灯っていく。夜に向かう風が、足元で吹いた。
「優君、もういいよ・・・。ごめんね。付き合わせちゃって。一つ失くしても、もう片方はあるから」
結局、立ち寄った店にはなくて、駅に行き紛失届を出した。
「これだけ探してもないんだから仕方ないよね」
「俺も気づかなくて・・・」
「優君が謝ることじゃないよ。私の不注意で。・・・今日は浮かれちゃってたから」
言葉が震えかけて、つまってしまった。胸の中に石が詰め込まれたみたいに重い。
「お母様の大切な物だったの。なのに・・・。怒られてしまう」
視界が滲みかけたときだった。気がつくと優君に抱き寄せられていた。その腕がとっても優しくて温かい。
「怒らねーよ。呉羽さんは。優しい人だから」
「私も大切にしようと思ってたのに、落としちゃった。ごめんなさい」
誰に対しての詫びなのか私自身わからなかった。ただ、失くしてしまった自分を、誰かに許してもらいたかった。
苦しくなって、優君にしがみつくと、答えてくれるように腕の力が強くなった。
「恐いの・・・。お母様との思い出まで、消えてしまいそうで」
「消えねぇって。ちゃんと残ってるから、ずっと」
私が落ち着くまで、優君はずっと抱きしめてくれていた。本当は私が護らなきゃいけないのに・・・。私は甘えてばかりだ。腕の中に招いてくれた優君は、あの頃と変わらずに優しかった。


