「なぁ、ここ寄っていい?」
「うんっ」
次に優君が足を止めたのはレコードショップだった。店内に入ると薄暗い橙色のライトが、ぼんやりと灯しているだけだった。ゆったりとした曲が流れている。見たこともない洋楽のパッケージや、ビンテージものがたくさん飾ってある。奥にあるレジの横にはレコードも置いてあった。
「優君レコード聞くの?」
「聞くというか、ガキの頃に千保の家に置いてあったレコード見てたら、千保の親父さんが買ってきたんだよ」
「えっそうだったの」
「昔はなにをする物かもわかんなくてさ。最近、思い出して聞き始めたら気に入った・・・。せっかくなら自分でも一枚くらい買ってみようかなって」
「レコードか。懐かしいな。お父様がとお母様がよく聞いてたの。そうだ、うちにあるのでよかったら今度持ってこうか?」
「そうか、千保の家にはあるのか」
「うん。お母様もよく聞いていたから。クラシックでよければあるよ」
「じゃぁ千保の好きなの何枚貸して」
「わかった!今度探しておくね」
好きな曲を教えてもらいながら店内を回った。そういえば、普段どんな音楽を聞くのか知らなかったな。
初めて知る優君の一面が新鮮で、とても嬉しかった。
□□□
駅前に戻るとの近くにおいしそうなパスタ専門店があったのでそこで食べることにした。私はクリームパスタで、優君はボンゴレパスタを注文した。
クリームパスタは食べなれているはずなのに、優君と一緒っていうだけでとても美味しく感じる。最高のスパイス。食後にはちみつ入りの紅茶を飲んでいると、優君が私の方を見ているのに気がついた。
もしかして口についてるかな?慌てて口元をハンカチで拭いた。
「こないだは・・・」
「こないだ?」
「悪かった。あんなことして」
あ、あのときのことだ。
「俺が言いたかったのは、その・・・千保もさ、親が決めたとか、そういうのに従わなくていいと思う」
「許婚の話し?」
「だいたい今の時代に許婚とか間違ってるだろ。俺になんかに構ってなくていいから、他に好きな奴とか作ればいい」
私は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻した。
店内に差し込む西日が強くなってきて、店員さんがブラインドの角度を変えた。優くんが頼んだカルピスのグラスが結露していて、氷がカランと音をたてた。
「私は許婚だからとか、お父様に言われたとか・・・そうじゃなく優君が好きだよ」
「あのな、俺の体質のことわかってるだろ。薬も効果がないし、一生このままかもしれねーんだぞ」
「体質のことなんて関係ないよ。私はそこも含めて優君が好き」
「・・・」
「私、頑張るから。優君に好きになってもらえるように。私と許婚になって、良かったって思ってもらえるように」
ソファ席にもたれかかる優君は顔を俯かせたままだった。
「千保がそこまでする価値のないって。俺は」
「そんなことない!優君だけが出会ったときから『西条寺の娘』とか『お金』じゃない、私を一人の人間として見てくれているの」
「それは、俺の方だろ」
「それに、それにね。きっとこの先も、優君以上の人はいないって気づいちゃったの。今日も優君と一緒で本当に楽しかった。これからも、優君と二人でたくさんの時間を過ごしたいの」
私はまだ子供で、きっと大人になるには、まだ時間も経験も必要。どうやって、この胸の内を言葉にできるのかわからない。
それでも、ほんの少しでも伝えられたら、きっとすれ違うことも少なくなると思う。
優君は黙ったままだった。テーブルの下でギュッと手を握りしめた。
「そういうのも迷惑かな?」
「迷惑なわけ・・・ない。俺も今日は楽しかった」
「本当?また一緒にデートしてくれる?」
「・・・はぁっ!?デート!?」
顔を上げた優君は、口を半開きにさせたまま止まっている。
「デートの予行練習?」
「はぁー本当、お前と話してくると調子狂う」
優君が肩を脱力させるとクスリと笑った。さっきまでの張り詰めていた緊張がほどけていく。
テーブルの上に漂う紅茶の香りが、優しく時間を包んでくれていた。日が傾きかけたので帰ることにした。
お店を出る前に、お手洗いに寄った。手を洗っていると鏡の自分と目が合った。ゆるく巻いた毛先がとれかかっている。レナのように完璧に一日キープするのは難しいようだ。今度やり方を聞いてみよう。
「あれ、ない・・・」
慌てて髪を耳にかけた。出かける前につけてきたイヤリングが片方なくなっている。
「うそ?どうしよう」
辺りを見渡してもない。入ったトイレや食事をした席を確認したけどイヤリングは落ちていなかった。
どうしよう・・・どこかで落としたんだ。
口元を手で押さえていると、外で待っていた優君が店内に戻って来た。
「どうした?」
「ううん。なでもない。忘れ物ないか見てただけ。待たせちゃってごめん」
「別に、いいけど。この後、どうする?まめ蔵って今日留守番?」
「ゴメン。私、用事を思い出しちゃった!先に帰ってて。ごめんね。今日は本当にありがとう」
「千保?・・・あっ、おい!」
とりあえず最初の店に行ってみよう。それからレコードショップと、その前に駅に戻った方がいいかも。
来た道を駆け足で戻った。だけど、履き慣れないミュールのせいで思うように早く走ることができない。
「うんっ」
次に優君が足を止めたのはレコードショップだった。店内に入ると薄暗い橙色のライトが、ぼんやりと灯しているだけだった。ゆったりとした曲が流れている。見たこともない洋楽のパッケージや、ビンテージものがたくさん飾ってある。奥にあるレジの横にはレコードも置いてあった。
「優君レコード聞くの?」
「聞くというか、ガキの頃に千保の家に置いてあったレコード見てたら、千保の親父さんが買ってきたんだよ」
「えっそうだったの」
「昔はなにをする物かもわかんなくてさ。最近、思い出して聞き始めたら気に入った・・・。せっかくなら自分でも一枚くらい買ってみようかなって」
「レコードか。懐かしいな。お父様がとお母様がよく聞いてたの。そうだ、うちにあるのでよかったら今度持ってこうか?」
「そうか、千保の家にはあるのか」
「うん。お母様もよく聞いていたから。クラシックでよければあるよ」
「じゃぁ千保の好きなの何枚貸して」
「わかった!今度探しておくね」
好きな曲を教えてもらいながら店内を回った。そういえば、普段どんな音楽を聞くのか知らなかったな。
初めて知る優君の一面が新鮮で、とても嬉しかった。
□□□
駅前に戻るとの近くにおいしそうなパスタ専門店があったのでそこで食べることにした。私はクリームパスタで、優君はボンゴレパスタを注文した。
クリームパスタは食べなれているはずなのに、優君と一緒っていうだけでとても美味しく感じる。最高のスパイス。食後にはちみつ入りの紅茶を飲んでいると、優君が私の方を見ているのに気がついた。
もしかして口についてるかな?慌てて口元をハンカチで拭いた。
「こないだは・・・」
「こないだ?」
「悪かった。あんなことして」
あ、あのときのことだ。
「俺が言いたかったのは、その・・・千保もさ、親が決めたとか、そういうのに従わなくていいと思う」
「許婚の話し?」
「だいたい今の時代に許婚とか間違ってるだろ。俺になんかに構ってなくていいから、他に好きな奴とか作ればいい」
私は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻した。
店内に差し込む西日が強くなってきて、店員さんがブラインドの角度を変えた。優くんが頼んだカルピスのグラスが結露していて、氷がカランと音をたてた。
「私は許婚だからとか、お父様に言われたとか・・・そうじゃなく優君が好きだよ」
「あのな、俺の体質のことわかってるだろ。薬も効果がないし、一生このままかもしれねーんだぞ」
「体質のことなんて関係ないよ。私はそこも含めて優君が好き」
「・・・」
「私、頑張るから。優君に好きになってもらえるように。私と許婚になって、良かったって思ってもらえるように」
ソファ席にもたれかかる優君は顔を俯かせたままだった。
「千保がそこまでする価値のないって。俺は」
「そんなことない!優君だけが出会ったときから『西条寺の娘』とか『お金』じゃない、私を一人の人間として見てくれているの」
「それは、俺の方だろ」
「それに、それにね。きっとこの先も、優君以上の人はいないって気づいちゃったの。今日も優君と一緒で本当に楽しかった。これからも、優君と二人でたくさんの時間を過ごしたいの」
私はまだ子供で、きっと大人になるには、まだ時間も経験も必要。どうやって、この胸の内を言葉にできるのかわからない。
それでも、ほんの少しでも伝えられたら、きっとすれ違うことも少なくなると思う。
優君は黙ったままだった。テーブルの下でギュッと手を握りしめた。
「そういうのも迷惑かな?」
「迷惑なわけ・・・ない。俺も今日は楽しかった」
「本当?また一緒にデートしてくれる?」
「・・・はぁっ!?デート!?」
顔を上げた優君は、口を半開きにさせたまま止まっている。
「デートの予行練習?」
「はぁー本当、お前と話してくると調子狂う」
優君が肩を脱力させるとクスリと笑った。さっきまでの張り詰めていた緊張がほどけていく。
テーブルの上に漂う紅茶の香りが、優しく時間を包んでくれていた。日が傾きかけたので帰ることにした。
お店を出る前に、お手洗いに寄った。手を洗っていると鏡の自分と目が合った。ゆるく巻いた毛先がとれかかっている。レナのように完璧に一日キープするのは難しいようだ。今度やり方を聞いてみよう。
「あれ、ない・・・」
慌てて髪を耳にかけた。出かける前につけてきたイヤリングが片方なくなっている。
「うそ?どうしよう」
辺りを見渡してもない。入ったトイレや食事をした席を確認したけどイヤリングは落ちていなかった。
どうしよう・・・どこかで落としたんだ。
口元を手で押さえていると、外で待っていた優君が店内に戻って来た。
「どうした?」
「ううん。なでもない。忘れ物ないか見てただけ。待たせちゃってごめん」
「別に、いいけど。この後、どうする?まめ蔵って今日留守番?」
「ゴメン。私、用事を思い出しちゃった!先に帰ってて。ごめんね。今日は本当にありがとう」
「千保?・・・あっ、おい!」
とりあえず最初の店に行ってみよう。それからレコードショップと、その前に駅に戻った方がいいかも。
来た道を駆け足で戻った。だけど、履き慣れないミュールのせいで思うように早く走ることができない。


