その瞬間だった。
 背後から乱暴な手が伸び、わたしの腕をつかんだ。

「やっぱり名家のお嬢じゃねえか。こんなとこ歩いてりゃ、カモだ」
 路地の奥から現れたのは、知らない男たち。粗野な笑い声が耳を刺す。

 体がすくんで声も出せない。

 助けを呼ぼうとしたそのとき――

 誰かが私の手首をぐいと引いた。

 凛斗だった。

「……てめえら、死にたいのか」

 次の瞬間、空気が変わった。

 さっきまで無気力そうだった彼が、まるで牙を剥く狼みたいに鋭い目で敵を睨みつける。

 肩越しに見える横顔は怖いのに、不思議と心臓の奥が熱くなる。

 男たちが何かを叫んだ途端、凛斗はためらいなく動いた。
 長い脚が一人を蹴り飛ばし、別の男の腕をひねり上げる。
 乾いた音と呻き声が響くたびに、路地の空気が震えた。

 狼が群れを散らすように、たった一人で数人を圧倒していく。

 目を逸らしたいのに、見入ってしまった。

 そして、残った一人がナイフを抜き、わたしに向かってきた。

「危ない!」

 気づいた時には、凛斗が私を胸に抱き寄せていた。
 背中に刃がかすめる音がして、息が止まる。
 彼の体温と鼓動がすぐそばにある。

 狼のように荒々しいのに、その腕の力だけは驚くほど優しかった。