この街には、夜になると“狼”が出る。


 そう囁かれるのは、古くからの裏通りだ。
街灯はまばらで、昼間でも空気がよどんでいる。


子どもたちは怖がって近づかない。
大人たちでさえ、足早に通り抜ける。

けれど――そこは、わたしの幼馴染がいる場所だった。

 高校二年の春。
 
わたしは両親に呼び出され、信じられない話を聞かされた。

「あなた、あの家の息子さんと婚約することになったの」

 あの家、というのは街の裏通りを仕切る有力者の家。

 そして息子――

つまり婚約相手は、
かつて一緒にランドセルを背負っていた幼馴染、
……、神谷凛斗。

 でも今の彼は“狼”と呼ばれている。
 目つきが鋭く、誰にも懐かず、裏通りを縄張りのように歩く危険な少年。

 どうして彼と――地味で何の取り柄もないわたしが。
 
答えを探すように、わたしは放課後の裏通りへと足を踏み入れた。