麗菜と直斗のふたりも、それぞれの時間を歩み始めていた。

直斗は都内の大学に進学し、アナウンス研究会に所属。

 彼は大学の構内にあるアナウンス研究会の部室で、翌週の朗読実習の台本を確認していた。

 日々の講義、課題、そしてサークル活動。

 アルバイト。

 そして、家に帰れば、洗濯物を畳み、冷蔵庫の中身を気にする生活。

 慣れない一人暮らしの寂しさは、麗菜との毎週末の通話で少しだけ和らいだ。
 
「麗菜、そっちはどう?」

『部活はちゃんと続けてる。

 深明は、野球部のマネージャーと生徒会に力を入れたい、って言ってね。
 
放送部、退部したんだ。

 でも、親友として、ちゃんと見守る。

 深明、目を離すといろいろ抱え込むから』

 その言葉のあと、少しだけ沈黙が流れた。

 画面越しに、麗菜が何かを言おうとしているのが伝わってくる。

『……ねぇ、また、そっち行っていい?』

「もちろん」

『ありがとうございます……!
 差し入れ持って、伺います。

 それから、行くときは適当に、スーパーで食材買いますね。
 
直斗のために、栄養のあるもの作りおきしたいんです』

 その声が少し震えていて、でも嬉しそうで。

直斗は、スマホの画面越しにそっと微笑んだ。

 彼女の表情は見えないけれど、声の温度が、胸の奥にじんわりと染み込んでくる。

「楽しみにしてる。
 ……もうすでに、いい奥さんになれそうだな、麗菜」

通話の向こうで、ふっと笑う気配がした。

 その笑い声は、少し照れていて、でも嬉しそうで。

『……じゃあ、ちゃんと奥さんっぽく振る舞えるように、エプロン持っていくね』

「それ、似合いそう」

『……ほんと?』

「うん。俺が保証する」

ふたりの距離は、画面越しでも、確かに近かった。

 週末の夜。

 アパートの静けさに、ふたりの声だけが優しく響いていた。