マイクとマウンド、夢の向こうへ

金曜日の夜。

放送部も終え、ようやく自室に戻った麗菜。

制服の襟元を緩めながらベッドに腰を下ろした。

ここ数日の出来事が、順番に頭をよぎる。

放送室での機材トラブル。

 配線を直そうとした直斗と、ふいに指が触れた瞬間。
あのとき、心臓が跳ねたのは、驚きだけじゃなかった。

放課後のアナウンス練習。
背中に添えられた手の温もり。

 声の出し方を教えてくれるはずなのに、耳元で響く低い声に、意識が持っていかれてしまった。

雨の帰り道。
傘の下で並んで歩いた距離。
昔話をする先輩の横顔に、胸が甘く鳴った。

——どれも短い時間だったのに、そのたびに心拍数が上がってしまった。

 それが何なのか、まだうまく言葉にできない。

 でも、確かに何かが芽吹いている。

 自分の中で、静かに、でも確かに。
 

湯気を立てるハーブティーの香りを求めて、麗菜は、長い廊下を歩き、らせん階段を降りた。

目の前にある食堂の扉を静かにノックする。

「麗菜よ。
 八木さん、いるかしら?」

「おや。
 麗菜お嬢様。

 お入りください」

八木の低く穏やかな声が返る。

「八木さん……

 少しだけ、聞いてほしいことがあって」

「ええ、お嬢様。
私でよければ、何なりと」

差し出されたカップを受け取り、両手で包み込む。

温もりが掌から胸へと広がる感覚に、ほんの少し勇気を得る。

「今週、いろんなことがあって……。
松倉先輩と話すと、なんだか心臓がうるさいの。

距離が近いと、呼吸すらも、もどかしい感じ。
何か、変なのよね」

八木は否定も肯定もせず、静かに首を傾ける。

「深明様や芳尚様といるとき、そのようなお気持ちは湧かれますか?」

「……いいえ。

そのふたりとは、何でも笑って話せるわ」

「であれば、お嬢様——

それはおそらく、とても特別な感情でございます。

答えを急ぐ必要はございません。

ただ……その方といるときだけ、世界の輪郭が少し変わって見えるのであれば。

 それは大切にしてよいものかと」

八木の言葉は、いつも明確な答えをくれない。

その分だけ、麗菜の頭に考える余白を残してくれる。

麗菜はカップをそっと口元に運び、温かな香りと一緒に、静かに飲み込んだ。