マイクとマウンド、夢の向こうへ

肩を少し落とし、額の汗を拭うヨッシーに、観客のざわめきがまだ残っていた。

「斎藤くん、ちょっと来て」

 ベンチ裏で、選手たちに水分補給を促していた麗菜が静かに声をかけた。

 ヨッシーは軽く頷き、無言のまま歩き出す。

麗菜は、 深明がノートにペンを走らせる様子ばかりを気にしている彼の姿を見逃さなかった。

 彼は、水分補給のタイミングで、水筒の水をさほど口にしていなかったのだ。

肩や額の汗の量、呼吸の浅さ。

 小さな変化を積み重ねて、彼女はすぐに察する。

「さっき、ふくらはぎが攣ったのはね、熱中症の初期症状よ。

 早く救護室へ。
 点滴をしてもらわないとダメ」

 麗菜の声は、柔らかくも厳しさを帯びていた。

 ヨッシーの体は正直に疲労を訴えていた。

ヨッシーの瞳の奥は、揺れていた。

 麗菜には、分かっていた。

 自分の不調を、深明にだけは悟られたくないのだ、と。

エースとしての責任感。

 大切なマネージャーでもあり、恋人でもある深明。

 彼女に心配をかけまいとする気持ち。

 年頃の高校生としての姿がそこにあった。

「今の正瞭賢の絶対的エースの貴方がいないとね。

 早く、深明の前で完璧な投球、見せなきゃでしょ?

 斎藤くん」

その言葉に、ヨッシーはわずかに笑みを返す。

 無言のやり取りの中で、信頼と安心が交わされる瞬間だった。