夏が終わり、秋の気配が少しずつ街を包む頃。
ひなと悠真は付き合い始めてから、毎日が少し特別になっていた。

放課後、教室を出ると悠真はいつものように車道側を歩く。
車が来ると、さりげなく手が引き寄せられる。
その手の温もりが、ひなを自然と守ってくれていることに気づく。

「ありがとう」
小さく返すだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
まだ少し照れくさいけれど、隣にいるだけで安心できた。

歩きながら、テスト範囲の話や、好きなアニメのこと、今度どこに出かけようかという話題を交わす。
些細なことなのに、意外と会話は途切れない。
ふとした瞬間、悠真が手を握ってくれると、ひなの心は自然に跳ねた。

ある日、クラクラと暑さで足取りが重くなる。
我慢すれば家まであと少し――そう思って何も言わず歩き続けたけれど、悠真は黙ってしゃがんで言う。

「乗れば?」
「いや、私重たいし!」
「いいよ、最近筋トレしてるから丁度いい」

その背中は、普段より少し広く、力強く見えた。

「……失礼します」
腕を絡めると、悠真は軽々とひなを背負った。
小さく息を飲むひなに、彼はぶっきらぼうに言う。

「俺の前では無理しなくていいよ」

無理に言わせず、体調や気持ちを考えてくれる優しさに、胸が熱くなる。

「うん、ありがとう」
素直に言える自分に、少し驚く。
誰かに甘えるのは得意じゃなかったけれど、悠真の隣だと自然にできる。

家まで送り届けてくれるときの一言。
「ゆっくり休んで。何かあったら連絡して」
ひなは小さく笑う。

ベッドに横になり、今日あったことを思い返す。
笑った顔、手を握られた感触、ふとした優しい言葉――全部が胸の奥に温かく残った。

――悠真は、晴人とは違う形で私を大事にしてくれる。
――無理に好きになれとは言わないけれど、ちゃんと近くにいてくれる。

その日から、ちょっとした日常の中でも悠真の優しさを感じることが増えていった。
私が寒そうにしていると、何も言わずに悠真の上着を私の肩にかけてくれた。廊下ですれ違うときには、ちょっと微笑んで、『またあとで』と小さく手を振ってくれた。

二人でコンビニへ立ち寄ったときのこと。
夏の名残が少し残る空気の中、冷たいアイスがちょうど良く感じられる。

「どっちにしようかな……」
ひなは二つのフレーバーを見比べて、少し迷っていた。

悠真は黙って横に立って見守る。
ひなが選ばなかった方のアイスを、そっと手に取っていた。

「一口食べる?」

その無言の優しさに、ひなは胸がじんわり温かくなる。
「え、いいの?」

悠真はひなが選んだアイスを手に取り、自分の分と一緒に買ってくれた。肩を軽く並べながら歩き出す。
何でもない日常の一瞬が、二人の距離をほんの少し縮めてくれる――そんな気がした。

ひなは思わず小さく笑う。
――悠真といると、こんな些細なことでも、特別に感じられるんだ。

胸の奥で、少しずつ自分の気持ちを確かめていた。
誰かを忘れたわけじゃない。まだ晴人の記憶は消えない。
でも悠真といる時間は、心が穏やかで、前を向こうと思える。

『……悠真と、もっと一緒にいたい』
自然にそう思えた自分に、ひなは小さく微笑む。
そして次に会ったときには、ちゃんとこの気持ちを伝えよう――まだ、伝えたことのないこの感情を。