彼と別れてから1か月は、何も手につかなかった。

昼休み、教室の窓から外を見る。
青い空に春の光が照らす校庭。
胸の奥はぽっかりと空いていて、晴人が隣にいるはずだった場所を探してしまう。

付き合っていたときは、毎日のようにすれ違い、声をかけ合い、隣に座ることもあったのに。
別れてからは、ほとんど会わなかった。こんなに遠く感じるなんて――。

彼と2人で撮った写真を消さずにいる。
一緒に過ごした、幸せだった毎日が私を支えていた。

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そして、迎えた卒業式の日。
校庭に並ぶ整列、咲き誇る花、吹き抜ける春風――すべてが特別な日だと告げていた。

その時、ふと視線の先に見覚えのある笑顔があった。

「‥‥‥晴人」
気づけば、小さな声で名前を口にしていた。
制服姿で友達と談笑している。あんなに見慣れた笑顔なのに、遠くから見ると眩しすぎて、胸の奥がきゅっと痛む。

もう、会えないんだ。手を振ることも、声をかけることもできないまま、遠くから見守るしかなかった。

『さようなら。大好きだよ』
心の中でそっとつぶやく。
またいつかどこかで出会ったら、その時は笑顔でありがとうと言いたい。胸を張れる自分でいたい。

その時、後ろから声がかかった。
「荷物、手伝おうか?」
振り向くと、見知らぬ男子が立っていた。
黒髪で少し背が高く、落ち着いた雰囲気。

「え、あ、ありがとう」
荷物を受け取る手が少しだけ震えた。
偶然の出会い――でも、不思議と心が少し軽くなる。

春の柔らかい日差しが二人を包み、桜の花びらが舞う。
胸の奥に少し芽生えた期待を感じながら、私は小さく息を吐いた。

それが、神崎 悠真(かんざき ゆうま)との出会いだった。

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桜並木を歩く校庭の脇道。ふと、見覚えのある背の高い黒髪の男子と目が合った。
「あ……悠真くん」
声が自然に出てしまった。卒業式の日、荷物を手伝ってくれたあの彼――笑顔が柔らかく、安心感のある目をしている。

「どうも」
控えめに、でも確かに嬉しそうに言う悠真。
「うん、偶然だね」
胸の奥が、少しだけ温かくなる。

二人は歩調を合わせながら、並んで歩く。
桜の花びらが風に舞い、ひなの髪にふわりと触れた。
悠真の声がそっと耳に届く。
「この前はお疲れ様。あのとき、疲れてたみたいだけど、大丈夫だった?」
「うん、ありがとう。覚えててくれたんだね」
「あ、それは‥‥‥本当は、ずっと話したいと思ってたんだ」

ひなは心の中で小さく笑った。
話すだけで、なんだか胸が軽くなる気がした。

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窓から差し込む春の光に包まれて、教室はざわめいている。

あれから、ふとした瞬間に声をかけられるようになった。

「……荷物、重いだろ。持つ」
そう言って、私のカバンをひょいと片手で持って歩き出す。
「え、でも……」と慌ててついていくと、彼は振り返らずに短く言った。
「いいから。落としたら困るし」
ぶっきらぼうな声なのに、不思議と胸が温かくなる。

放課後、校門を出るとき。
「ひな、こっち」
少し人混みを避けるように腕を引かれて、自然と歩幅を合わせる。
「……ありがとう」
小さく呟くと、彼はわずかに顔を逸らして
「別に」
と一言だけ返す。

――不器用なのに、優しい。

桜が風に舞う帰り道。
「ひな、顔に花びらついてる」
そう言って、悠真は何のためらいもなく指先で私の頬を払った。
心臓が跳ねて、言葉が出てこない。
「……変な顔してる」
そう呟いて、彼は前を向いたまま歩いていく。

私はそんな彼の横顔を見つめながら思った。
あの日の涙で止まった時間が、また少し動き出している――と。

春風に揺れる桜の下で、胸の奥に新しい光が差し込んでいった。