朝からそわそわして落ち着かない。
今日の夜は花火大会。浴衣を着て、晴人と会う――それだけで胸が高鳴る。

鏡の前に座り、浴衣の色を確認する。淡いピンクに小さな白い花柄。
「やっぱりこれにしよう」
袖を通すたび、布の感触に心がくすぐられる。帯を結ぶ手も、少し震えてしまう。

髪は後ろでゆるくまとめて、飾りの小さな髪飾りをつける。
鏡の中の自分を見て、思わず笑った。
――晴人、これ見て喜んでくれるかな。

バッグに小さな飴を忍ばせる。ポーチに入ったいちごミルクの飴は、昔からのお守りのような存在だった。
「今日も一緒に食べられたらいいな」
そんなことを考えながら、軽く鞄を肩にかける。

玄関で下駄を履く。足首に伝わるひんやりとした感触に、また胸が高鳴る。
扉を開けると、外の夏の風が心地よく吹き込んだ。
「夜になったら、花火がもっと綺麗に見えるんだろうな」

道の途中、何度も自分の手元を確かめた。晴人に会う前のこの時間も、少し緊張して、でも幸せな予感で満たされている。

――どんな顔して待ってるかな。
――笑顔を見たら、きっと胸がぎゅっとなるんだろうな。
手を握られたら、きっと少しドキドキして、でも嬉しくて……

そんなことを考えながら歩くと、胸の奥がぽっと温かくなる。
夏の夕暮れの風に、浴衣の裾が揺れ、心まで弾むように軽くなった。

「早く会いたいな……」
ひなの心は、花火の光のように、まだ見ぬ夜の幸せを思い描いていた。

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待ち合わせの場所に着くと、彼の姿が見えた。
「ひな……!」
声を聞いただけで胸が跳ねる。振り返った晴人の目が、一瞬ぱっと輝き、そしてふっと笑った。

「わあ……かわいい」
ぽつりと言ったその言葉に、頬がじんわり熱くなる。浴衣の裾が揺れるたびに、光の中で彼の視線がひなに留まる。

「行こうか。」

屋台の明かりが揺れる中、私たちは手を繋いで歩いた。
焼きそばの湯気、たこ焼きの香ばしい匂い、ラムネの弾ける音……すべてが夏の夜を彩る小さな幸せ。

「これ食べる?」
「うん、じゃあ一緒に」

たこ焼きを一つずつ口に運ぶ。熱々で、ソースの香りが鼻をくすぐる。笑いながらふたりで頬張る時間が、胸の奥をじんわり温めた。

「ひな、ラムネも買おうか?」
「え、いいの?」
「もちろん。夏祭りだもん」

ラムネの瓶を手に取ると、指先に冷たさが伝わる。
「うわ、冷たい……!」
「はは、かわいいな」
また言われて、頬が赤くなる。胸がきゅっとなる瞬間だった。

金魚すくいを横目に見ながら歩く。ふたりで笑い合いながら屋台を巡るだけで、世界が優しく広がっていく。
「ひな、今日の浴衣、とっても似合ってる」
「え……ありがとう」

少し照れながら笑うと、晴人もにっこり。手を握り返してくれる温もりに、胸がふわりと浮くようだ。

「次は何食べる?」
「えー、じゃあかき氷にしようか」
「いいね! ひなはイチゴ?」
「うん、やっぱり甘いのが好きだから」

屋台の小さな光と人波のざわめきの中で、笑い声が重なり合う。
手を繋ぎ、肩を寄せながら歩く時間が、心まで満たしていく。

「あ……あの、晴人」
「ん?」
「今日、来てくれてありがとう」
「当然だよ。ひなが喜ぶ顔、見たくて」

その一言に、胸の奥がじんわり熱くなる。小さな幸せが、この夜に確かに積み重なっていた。

「そろそろ花火の時間かな」
「見えるところまで歩こうか」

これから始まる夜――花火で彩られるクライマックスの瞬間を、ふたりで迎えようとしていた。