「今までどんな人と付き合ってきたの?
そういえば、そんな話したことなかったなって」

映画を見た帰り道、そんな話題になった。

「えー、興味あります? 私の昔の恋愛なんて」
「あるよ。同じ過ちを犯さないようにっていうのと、あとは、他の誰にも負けたくないじゃん」
「なんだそれ。そんな、いいものじゃないですよ、私の恋愛なんて。前付き合ってた人には浮気されました。浮気する人なんて大嫌い! もう姿を見たくもない!って思って、LINEの名前を『最低男』に変えてブロックしてやりましたよ。」
「いや……それは最高だね!」

晴人はお腹を抱えて笑い出した。

「だから、私、いい恋愛してきてないんです。不幸自慢じゃないけど……恋愛にあまりいい思い出がなくて、トラウマになってるのかも」

外は少し暗くなり、気持ちのいい風が吹いた。

「ひなは、俺と出会うために運を取っておいてくれたのか。えらい、えらい」

晴人が頭を撫でる。その言葉に少し、救われた気がした。

歩きながら、少し照れた笑顔で思う。
昔の恋はぎこちなく、上手くいかなかったけれど、今はこうして安心して笑える人がいる。
その温かさが、胸の奥までじんわりと染みていく。

心の片隅で、まだ知らない未来の二人の時間を想像した。

「だから、本当に私、誰かと付き合って大丈夫かなって思ったんだけどね」
「けど?」
「なんでだろう。晴人なら信じられる気がしたの」

彼は、ふふふ、と得意げに笑った。

「俺の愛が伝わったってことですね」

電灯に光が灯り、二人を柔らかく照らしていた。

「男の人って、みんなそんなもんだと思ってたけど。付き合う前に、私がトイレに行って戻ったら、晴人が女の人に声をかけられてたの。たぶん連絡先を聞かれてたと思うんだけど……『僕、好きな子がいるんですみません』って断ってたの、見ちゃったんだ」

「え! そんなことあったっけ」
「あったよ。それを聞いて、晴人に想われてる人は幸せだなって思った。でも同時にね、あの日、今日で会うのは最後かもなって思った」

「俺が好きなのは、自分じゃないと思った?」
「うん。だから、好きって言ってくれて嬉しかった。その気持ちを信じたいって思ったの」

家に着くまでは、あと少し。

「大好きだよ、ひな」

繋いだ手を離したくなかった。
この時間が少しでも長く続けばと、そんなことを考えていた。

こんな小さな幸せが、日常に積み重なっていくことを信じながら――私はそっと笑った。

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結局、離れるのが惜しくなり、彼のアパートで夕飯を食べることにした。

「なにこれ!? うますぎる!!」
「よかったねぇ〜。まだいっぱいあるからね」
「最高じゃん」

晴人は私が作ったカレーライスを、美味しいと何度も言いながら口いっぱいに頬張った。

「俺の初恋の話でもしようか?」
夕食を食べ終えて、ソファに並んで座る。
アイスコーヒーの氷が、カランと音を立てる。

「え〜、あんまり聞きたくないなぁ」
「なんで?」
「だって、今晴人が好きなのは私でしょ。それでいいもん」

私が口を尖らせると、彼はくしゃっと笑った。

「そうか〜。じゃあ、またいつかその時がきたら話すよ。それまではたくさんひなを愛でておこう」

そう言って晴人は私を強く抱きしめた。

「もう〜、何〜?」
「今度の花火大会、一緒に行こう。浴衣着て、ラムネ飲んで、いちご飴と焼きそば食べてさ……手を繋いで、花火を見よう。」
「うん、いいね」
「よし! 約束ね。毎年行きたいな」

彼の頭を撫でると、子どものように幸せそうな表情を浮かべた。


この手に触れられなくなる日が来ることも。
温もりを恋しく思う未来が待っていることも――
私たちはまだ知らなかった。