それから度々彼女を見かけた。

「美味しすぎる〜!」
「もぉ。ひな、口にクリームついてるよ〜。」
食堂でパンケーキを口いっぱいに頬張って、幸せそうな顔で笑う姿。

「もぉ〜、こんなところに捨てたの誰!?」
そう言いながら、落ちていた紙パックを拾ってゴミ箱に捨てる姿。

「ん〜!天気良くて最高〜!」

抜けるような青空に向かって伸びをする姿。

彼女の存在を知ってからは、どんな些細な仕草さえも、心に焼きつくように映った。
それはどれも、太陽と同じくらい眩しく見えた。

ずっと声をかけたいと思っていた。
でも、どうやって話しかければいいのか分からず、結局はいつも見ているだけだった。
彼女の笑顔を見られるだけで、少し救われる気持ちになった。

ある日の夕方。
ひなの姿を見つけた瞬間、心臓が跳ねた。
傘も持たず、校舎の玄関で立ち止まっている。困ったように辺りを見回すその姿に、思わず胸が痛む。

――今、声をかけられなかったら、もう二度とチャンスは来ないかもしれない。

俺は反射的に傘を差し出していた。雨音が少しだけ遠のく。

「濡れるよ」
思わず声をかけると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「え……すみません」
「傘、ないの?」
「忘れちゃって……」
「今日、雨の予報じゃなかったのにね。一緒に入る? 嫌じゃなければだけど」

大きめの傘なのに、二人で入ると肩が触れそうなくらい近い。
その距離に、胸の奥がざわついた。

歩きながら、鞄についたパンケーキのキーホルダーに目がいった。
「甘いもの、好きなの?」
「好きです。どうしてわかったんですか?」

君のことが好きだから――
そんなこと口にしたら、気持ち悪がられるかもしれない。

「それ」
ひなのカバンに付いていた小さなキーホルダーを見つけて指差すと、彼女は笑った。
「これを見ると、幸せな気持ちになるんです」
その言葉に、俺は自然に微笑んでいた。

「美味しいパンケーキの店、知ってるんだけど……今度、一緒にどう?」
「えっ……ぜひ、行きたいです」
「じゃあ、決まりね」

肩が触れた瞬間、胸が少し熱くなるのを感じた。気づかれないように――と思うと、逆に心臓の音が早くなる。

そしてふと、彼女がポーチから何かを取り出した。
「これ、昔から好きで、よく持ち歩いているんです」

それは、あの時と同じ。
いちごミルクの飴だった。
彼女は知らない。
何気なく差し出したその飴が、俺にとってどれほど大切な意味を持つのかを。

晴人は少しの間その飴を見つめ、微笑んだ。
「これ、俺も大好きなんだ」

雨音に混じる俺の声を、彼女は聞いてくれている。胸の奥で、ずっと温かいものが広がるのを感じた。

「ねぇ、運命って信じる?」
気づけば、ふと、そんな乙女のようなことを口にしていた。

「うーん……運命はあんまり信じないかな。必然、なんだと思う。
悪いことがあれば、『あぁやっぱりそうだよな、今の私だもん』って自分を振り返るの。
もっとこうすればよかったなって思ったり。
逆に良いことがあれば、『この日のために、あの日があったんだな』って思えるから。
……って、こんな答え、全然可愛くないですよね、私。」

そう言って俯いた彼女を、僕はどうしようもなく愛おしく思った。

運命じゃない。
僕にとっても、それはすべて必然だった。

あの日、家を飛び出したこと――あれはきっと、君に出会うために必要な出来事だったんだ。