「……ひな、今日は誕生日おめでとう。」
大学を卒業して、がむしゃらに頑張ってきた。時にはすれ違うこともあったけど、その度にお互いを見つめ合って、支え合ってきた。そんな私も、今日、2月20日で26歳になった。仕事にもだいぶ慣れて、最近は落ち着いてきた気がする。その頃、晴人は29歳になっていた。
落ち着いた雰囲気のレストラン。
柔らかなシャンデリアの灯りがテーブルを照らし、窓の外には都会の夜景が広がっている。
誕生日プレートを前に、ひなは笑顔で「ありがとう、晴人」と嬉しそうにケーキを見つめていた。
「前に俺の初恋の話、今度するねって言ったことがあったろ?聞いて欲しいんだ」
「え……うん」
晴人の突然の言葉に、ひなは首を傾げながらも、彼の言葉に耳を傾けていた。
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あれは、僕が小学校6年生のことだ。
父親はどうしようもないクズで、ギャンブルに明け暮れていた。勝って帰ってきた時は、僕に優しくしてくれたし、たまにおもちゃを買ってくれる。だから嫌いにはなれなかった。でも負けて借金を作ることもあり、家の空気はいつも張り詰めていた。
母に「ごめん、サッカーを続けるお金がない」と告げられたとき、胸が凍りついた。
サッカー選手になるのが僕の夢だった。選抜メンバーに選ばれ、有名な大会にも出場した。注目される将来が見えていた。なのに、その夢は音を立てて崩れた。
その日、気づけば家を飛び出していた。
僕には、もう居場所がなかった。
外は雨が降っていた。傘もささずに、公園のベンチにひとり座る。自然と涙が溢れてきた。
もう、僕には何もない。
応援してくれる人も、誰もいない。
「どうしたの?」
その声に顔を上げると、黄色い傘を差した女の子が立っていた。
黙って俯く僕に、彼女は雨が当たらないようにそっと寄り添った。
「悲しい時は、いっぱい泣いていいんだって。体の中の涙がなくなったら、ちゃんと笑えるから大丈夫だよ」
どうしてだろう。母の前では我慢していた涙が、止められずに溢れた。
ちゃんと笑える日は、僕にも来るのだろうか。
「これ、甘くて美味しいよ」
彼女はそう言って、いちごミルクの飴をハンカチと一緒に僕の手に握らせた。
小さな手の温もりと、甘い香りに胸がざわつく。
「また会おうね!」
彼女は笑顔で傘を手渡し、雨の中駆けていく後ろ姿を、僕はただ見つめるしかなかった。
飴を口に入れると、甘い味が広がった。
名前の書かれた花柄のハンカチを握りしめ、少しだけ光が見えた気がした。
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食堂で、声が飛び込んできた。
「ひなーーーー!!!」
思わず振り返る。あの日、僕に傘を差してくれた――あの笑顔。
大学になっても、あの時の面影が鮮やかに残っていた。
これは、君に再会して、恋をする話だ。

