食後の皿を片付けながら、ひなはふと晴人の手元を見た。
彼はノートパソコンを開き、資料を整理している。キーボードを打つ手つきは軽やかで、集中している様子。

「……そういえば、晴人って何の仕事してるんだっけ?」
自然に口に出たその問いに、晴人は肩越しにちらりと笑う。

「広告の仕事だよ。マーケティング関係」

ひなは思わず目を丸くする。
「そうなんだ……なんかかっこいいね」

晴人は少し照れたように肩をすくめ、でも真剣なまなざしは逸らさない。
「父親のこともあってさ、学生時代からお金のことは意識してたんだ。ひなを守るためにも、自分の力で道を切り開きたかった」

その言葉に胸が熱くなる。
「……そんな風に思ってくれてたんだ」

晴人はふと笑みをこぼし、キーボードから目を上げる。
「もう会わないつもりで別れた。でも、心のどこかでは、ひなに誇れる自分でありたいと思っていた。それが強かったかもな」

ひなは少し驚きながらも、晴人の横顔をじっと見つめる。
広告代理店でバリバリ働く男としてだけでなく、昔から変わらず、ひなを思いやる優しい人だったんだ――と改めて感じる。

「……晴人、やっぱりすごいね。今の仕事もピッタリな感じがする」
ひなの言葉に、晴人は少し照れ笑いを浮かべながら、また資料に目を落とす。

「ふふ、そうかな。俺、まだまだだけど、あの頃よりはひなのこと守れる男になれたと思うよ」

――もっと頑張るね。
その自然な言葉と視線に、ひなは胸がぎゅっとなる。
資料を打つ手を止めずに、でも彼の小さな笑顔や真剣な表情を見ているだけで、ひなは心が温かくなる。
仕事のできる男でありながら、ずっと自分を守ろうとしてくれた彼――その存在を、改めて尊敬し、そして愛おしく思った。

ひなの胸の奥で、熱い想いがぐっとこみ上げる。
――私、まだ何も言えてないのに。
こんなに好きだって気持ちがあるのに、口にできない。

でも同時に思う。
――支えられてばかりじゃ嫌なんだ。
私も晴人のことを支えられる人間になりたい。

ひなはそっと息を吐き、視線をそらしながらも心の中で誓った。
いつか、ちゃんと「好きだよ」と伝えよう。
それまでは、彼の隣で、少しずつでも力になれるように――。

「もし、希望の会社に採用されたら、晴人に話したいことがあるの。そうしたら、聞いてくれる?」

晴人は少し驚いた顔をしてから、頷いた。

「ひなの話なら、いつでも聞くよ」

なんだか、晴人が側に居てくれるだけで、応援してくれるだけで、やれる気がしてきた。

「私も就活頑張る!」
「うん。何かあったら聞いて。応援してる」

晴人はにこっと笑った後、またノートパソコンの画面に目を向けた。その真剣な横顔に、ひなは小さく微笑む。
言葉にはまだできないけれど、心の中の気持ちは確かに、彼に届いている気がしていた。

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面接の日、晴人がお守りをくれた。
それはひなもよく知っている、いちごミルクの飴だった。

「俺は何度もこの飴に救われたんだ。だから、今度はひなが頑張れるように」
そう言って、そっと手に握らせてくれる。

胸が熱くなった。
私にとっても、それは晴人と繋がる大切な証になった。

その後、ひなは早めに家を出た。

「私も……誰かの自信や笑顔を支えられる人になりたい」
美容科学を学んだのは、人の外見だけでなく心も輝かせられる存在になりたかったから。化粧品開発や美容カウンセリングを通して、サポートできる仕事に就きたい。

深呼吸をひとつすると、鞄の中のお守りを握りしめる。晴人がくれたいちごミルクの飴。思わず笑みがこぼれる。

「よし、頑張ろう」
ひなはその小さな勇気を胸に、面接に向けて気持ちを整えた。

手に握りしめた履歴書には、何度も何度も書き直した文字が並んでいる。

「大丈夫。私ならできる」
小さくつぶやき、背筋を伸ばして会場へ向かった。

――数日後。

ポストに届いた封筒を手にした瞬間、心臓が跳ねた。
震える指で開封すると、そこには「採用」の二文字。

「……やった」
声にならない涙が頬を伝った。

その足で晴人に会いに行く。

「晴人……! 受かったの!」
息を切らして伝えると、彼は一瞬驚いたあと、ふっと優しく笑った。

「おめでとう、ひな。頑張ったな」
晴人の手が頭に触れる。その温もりに、張り詰めていたものが一気にほどけ、涙が止まらなかった。

「……ありがとう、晴人。ほんとに、ありがとう」

落ち着いたあと、ソファに並んで座り、ひなは深呼吸をひとつした。
――そうだ、約束してたんだ。合格したら、伝えたいことがあるって。