ひなはファミレスを後にし、少し足を早める。
胸の奥がまだぎゅっと痛むけれど、どこか軽くなった気もしていた。
晴人が再会した公園で待っていてくれた。
晴人はただ静かに私の顔を見つめるだけで、何も聞こうとはしなかった。問いかけられないことで、私は余計な言葉を探さずにいられる。その沈黙の中には、彼なりの思いやりと優しさが満ちていた。言葉よりもずっと確かに伝わるその温かさに、私は何度も救われてきたのだ。
「帰るぞ」
その一言に、ひなは安心して小さく微笑む。
「……ありがとね」
ひなが小さく呟くと、晴人はにこっと笑った。
その後、彼はそれはごく自然に、私と手を繋いだ。
あまりに唐突で、思わず足が止まりそうになる。けれど彼は気づかないふりをして、子どもみたいに無邪気にぶんぶんと腕を振った。
「ねぇ、なにそれ」
驚きと照れくささが混じった声が出てしまう。
わざとらしく笑ってごまかそうとしたけれど、頬が熱を帯びていくのを隠しきれない。
彼はそんな私の様子を楽しむみたいに、にやりと笑った。
「こうすると、ちゃんと隣にいるって実感できるだろ」
胸の奥がきゅっと掴まれる。
私は小さく息を吐き、彼に引っ張られるまま歩き出した。
歩きながら、私の中で湧き上がる罪悪感と戸惑いが、少しずつ溶けていくのを感じた。悠真のことを思い出すと胸は痛むけれど、晴人の手に触れていると、今はただ――守られているという確かな感覚があった。
「ひなのハンバーグ、久しぶりに食べたいな〜」
ひなの頬が熱くなる。照れくさくて少し笑ってしまう。
「……わかった。作るね」
たった今までの複雑な感情も、痛みも、すべて抱えたままでも、晴人の隣にいることで、少しだけ前に進める気がした。
手を握り返したまま、ふたりは並んで歩き出す。
何も言わなくても、言葉以上に伝わる安心感と、穏やかな日常の匂いが、胸の奥に静かに広がった。
長い夜を越えて、ひなはようやく、心から安心できる場所に戻ってきたのだと実感していた。
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フライパンの前に立つひなの横で、晴人も自然とキッチンに足を踏み入れてくる。
「ひな、俺にも作り方教えて」
彼の手が、ボウルの近くに伸びてくる。指先が触れそうで、胸が跳ねる。
「そ、そういうのは……集中したいから、ちょっと手を出さないで」
思わず手でボウルを守るようにして言うと、彼はニヤリと笑った。
「ふーん、俺がいると集中できない?」
いたずらっぽく言いながら、肩をぶつけてくる。ほんの少しの接触なのに、心臓が跳ね上がった。
「もう!‥‥うるさい」
口では怒っているけれど、頬が熱くなるのを止められない。
「わかった、じゃあ見てるだけな」
彼はそう言いながら、少し離れて立つのかと思いきや、ぴったり横に並んで肩が触れる距離にいる。
視線が交わるたび、胸の奥がじんと熱くなる。
「ひな、ハンバーグの形、丸すぎるんじゃないか?」
「違う!これは可愛く見えるようにしてるの!」
互いに言い合いながら、ふと手が同時にボウルに触れる。
指先が絡まるように触れ合い、思わず二人で顔を見合わせる。
「……ごめん」
晴人が笑いながら言うと、ひなも小さく笑い返す。
心臓がまだドキドキして、頬が熱い。
「できた……?」
「うん、いい感じ」
フライパンにそっと形を整えたハンバーグを置く。
ジュウジュウと音を立てて焼けるその匂いに、二人の距離感が一気に縮まる。
「自分で作ってもさ、どうも上手くできなくて。ずっと、ひなのハンバーグが食べたいって思ってた。それが叶うなんて‥‥‥夢みたいだ」
そう言って、隣にいる晴人の肩が触れる。
「……本当に?」
「うん。ひなは色々あったばっかりなのにな。‥‥ごめん。俺、今すごい幸せだわ」
思わず胸がぎゅっとなる。
たった今、悠真と別れたばかりなのに、晴人のこの笑顔、声、距離感――すべてが胸を締めつける。
どうしてこんなにも惹かれてしまうんだろう。
逃げられない。心はもう、彼に惹かれている。
フライパンの音と、香ばしい匂い、そして晴人の視線――
すべてが混ざり合い、ひなの心臓は高鳴り続けた。
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焼きあがったハンバーグをお皿に盛り付けると、キッチンに甘い香りが漂った。
ひながフォークを手に取ろうとした瞬間、晴人がそっと手を伸ばし、自分のフォークと合わせる。
「一緒に食べよう」
その言葉と視線に、胸がドキドキと跳ねる。
「う、うん……」
小さく頷きながら、ひなもフォークを持ち、彼の手と軽くぶつかる。
手のひらが触れた瞬間、思わず体が熱くなる。
「……美味しい?」
「うん、久しぶりの味だね」
ひなが笑顔で答えると、晴人もにこっと微笑む。
「俺は、ひなが作ってくれたハンバーグが一番好きだ」
その言葉に、ひなの頬が熱くなる。
「……ありがとう」
思わず小声でつぶやくと、晴人はじっとひなを見た。
「それは俺のセリフでしょ?」
いたずらっぽく言う彼に、ひなは笑いながらフォークを口に運ぶ。
でも、胸の奥はまだざわついていた。
たった今、悠真と別れたばかり。なのに、どうしてこんなにも晴人の側にいたいと感じるんだろう。
「ひな、正直に言えよ。俺のこと、まだ迷ってるだろ?」
晴人が真剣な目で問いかける。
「……うん、ちょっと」
思わず答えると、彼は口元を緩めて笑った。
「ふふ、いいんだ。俺はもう迷わない。ひなが俺を見てくれるまで、いつだって待つ。だから――覚悟しておいて」
そう言って晴人の手が私の頭に優しく触れた。
その手のぬくもりに、ひなの胸がぎゅっと締め付けられる。
まぶたの奥が熱くなり、呼吸が少し速くなる。たった今まで悠真との別れで胸が痛かったはずなのに、今はこの手に触れるだけで心が落ち着く。
「……晴人」
小さく名前を呼ぶと、彼は少し微笑んで頭を傾けた。
「ん?」
「……うん、わかってる。待っててくれるって」
声が震えそうになるけれど、ひなは必死に平静を保そうとする。
晴人は何も言わず、ただそっとフォークを持ち直し、ひなと一緒にハンバーグを口に運ぶ。
互いの距離は自然で、けれど少しだけ意識せずにはいられなかった。
「だって、晴人、私のこと大好きでしょ」
「ははっ‥‥‥本当にむかつく」
そのまま二人は、焼きたてのハンバーグと笑い声に包まれながら、ゆっくりと日常の時間を取り戻していく。
悠真との別れは痛かったけれど、今は――晴人と一緒にいるこの瞬間が、何よりも大切で、幸せだと感じる。
胸の奥のざわつきや痛みも、まだ完全には消えていない。
それでも、手を繋ぎ、肩を並べ、同じ空気を吸うだけで、少しずつ前に進める気がする。
「ひなのハンバーグ、最高だな」
晴人が笑いながら言うと、ひなも思わず笑顔で答える。
「……嬉しい」
その笑顔を見つめる晴人の目が、優しさでいっぱいなのを感じた。
たった今までの複雑な感情も、痛みも、すべて抱えたままでも。
この隣で、ただ一緒にいられる時間――それだけで、ひなの心は少しだけ軽くなるのだった。

