まぶたの裏に、柔らかな光が差し込んでくる。
ゆっくりと目を開けると、知らない天井が広がっていた。

一瞬どこにいるのかわからなくて、胸がきゅっと締めつけられる。
けれど、すぐに気づいた。
――ベッドの上だ。温かい布団に包まれている。

昨夜のことが少しずつ蘇ってきて、胸が熱くなる。
……晴人が、ここまで運んでくれたんだ。

視線を横に向けると、ベッドのすぐそばに彼がいた。
手を繋いだまま、椅子に腰掛けて、静かに眠っている。
額にかかる前髪がわずかに揺れて、寝息は規則正しく穏やかだった。

その姿に、思わず胸がじんとする。
――私のことを守ろうとして、ずっと起きていてくれたんだろうか。
無理をさせてしまったことが切なくて、でも同時にどうしようもなく嬉しかった。

指先に伝わるぬくもりを確かめるように、ぎゅっと握り返す。
ほんの少し眉を動かしたけれど、彼はまだ眠っていた。

「……ありがとう」
小さな声で呟いたその言葉は、彼に届いたのかどうかわからない。

でも、繋いだ手の温かさが教えてくれていた。
――今は、もう一人じゃない。

差し込む朝の光が、少しずつ部屋を照らしていく。
その中で、ひなはただ静かに、晴人の寝顔を見つめ続けた。

やがて、彼がゆっくりと目を開けた。
「……起こしちゃった?」
そう問いかけると、晴人は小さく首を振って、繋いだ手に力を込める。

「眠れた?」
その問いかけが優しくて、涙が込み上げそうになる。

「‥‥‥うん。ありがとう。ベッドまで運んでくれたの?」

彼は少し照れたように目を逸らして、短く答えた。
「‥‥ああ。重かったけどな」

からかうような言い方なのに、耳まで赤く染まっている。
その仕草に、頬が熱くなるのを止められなかった。そうしている間に、胸の奥に溜め込んでいたものを隠せなくなっていた。

伝えなければ――。

「晴人‥‥私にはね、別れてから、支えてくれた人がいるの」
視線を落としながら、必死に言葉を繋ぐ。

「優しくて、温かくて、私を真っ直ぐ見てくれる人‥‥でも、結局、壊れてしまった。ちゃんと笑えなくなって‥‥自分がわからなくなって‥‥」

言葉を絞り出すたびに、胸が痛む。
晴人は黙って聞いていた。
だから、余計に涙がこぼれそうになった。

「‥‥だからね。彼とは、一度ちゃんと向き合わなきゃいけないって思ってる」
声が震えていた。怖かった。でも、逃げたくなかった。

晴人が小さく息を吐くのが聞こえた。
ひなは恐る恐る顔を上げる。

そこにあったのは、怒りでも拒絶でもなく、深い哀しみと優しさが入り混じったような眼差しだった。

「‥‥そうだな」

晴人はゆっくりと頷き、ひとつひとつ、自分の気持ちを確かめるように話し始めた。

「こんなこと言う資格、俺にはないのかもしれないけど……」
晴人は視線を落とし、ひなの手を強く握った。

「ひなが俺を呼んでくれるなら、俺はいつでも駆けつける。……いつでも、頼って欲しいと思ってる」

その声に、ひなの胸がぎゅっと締めつけられた。
込み上げるものを堪えようと瞬きをするが、視界はすぐに滲んでしまう。

「この家に戻ってきていいから」
晴人は少し顔を上げ、真っ直ぐにひなを見つめていた。

「好きなだけ居てくれていいから。俺がいつでも、ひなの居場所になるよ」

部屋には朝の光が差し込み、二人をやわらかく包んでいた。
その穏やかさに反して、胸の鼓動は早鐘のように高鳴っている。

「好きだ」

低く震える声に、ひなは思わず息を呑んだ。
言葉が喉に詰まって、返事ができない。

「……俺のことは、全部片付いてからでいい。けど……ひなの隣にいたいんだ」

ひなの瞳から、ついに涙が一粒こぼれ落ちた。

悠真のことを悪く言うわけでもなく、ただ私の気持ちを受けとめてくれる晴人。
その優しさに、胸がぎゅっと締めつけられる。

「……彼のこと、何も言わないんだね」
思わず口にした私に、晴人はただ静かに微笑んだ。
責めることも、否定することもなく、ただ私の気持ちに寄り添おうとしてくれる。

――あぁ、やっぱり。
この優しさに、私は恋をしたんだ。
何年経っても変わらない。
やっぱり、私が好きになった人だ。