ひなの寝息が、穏やかに部屋に満ちていく。
肩に小さな重みを感じながら、晴人はただじっと彼女を見守っていた。
―― ひなの寝息が、穏やかに部屋に満ちていく。
肩に小さな重みを感じながら、晴人はただじっと彼女を見守っていた。
―― 眠れたんだな。
安心したように閉じられた瞼、微かに震える睫毛。
泣き疲れて、ようやく安らぎに辿り着いたその横顔は、どこか幼く見えて胸を締めつけた。
晴人は握られた手を、そっと強く握り返す。
「……また、会えるなんてな」
その呟きは、誰にも届かないまま静寂に溶けていった。
もう二度と会うことはないと思っていた。
見たら触れたくなる。会いたくなるとわかっていたのに、2人の写真を捨てることはできなかった。
瞼を閉じれば、いつだってひなの笑顔がそこにある気がしていた。目を開ければ、彼女がもう隣にはいないということを知り、何度も心が引き裂かれそうになった。
そんな、世界で一番大切な人が――
手を伸ばすと、彼女の頬に触れた。
―― 今、目の前にいるんだ。た。
「……まったく」
困ったように笑いながら、そっと体を抱き上げる。軽く、そして何よりも愛おしい重み。
ベッドに運んで布団を掛けると、ひなは幸せそうに寝返りを打つ。頬にかかる髪を指先で払いながら、彼はしばらくその寝顔を見つめていた。
時計の針が進む音と、雨が静かに屋根を叩く音だけが響いている。
それでも、ひなの温もりが隣にあるだけで、夜は不思議と怖くなかった。
何度も、目を閉じては開く。
眠ろうとすればできたはずなのに、彼はあえて眠らなかった。
彼女を守れるのは、今この瞬間、自分しかいない――その思いが、まぶたを閉じさせてくれなかった。
やがて、雨は少しずつ弱まり、窓の外に淡い光がにじみ始める。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に照らされ、ひなの頬がほんのりと明るく染まった。
「……朝か」
かすかな声をもらす晴人の胸に、安堵と切なさが同時に広がる。
ひなはまだ、静かに眠っている。
その寝顔を見つめながら、晴人は心の奥で強く誓った。
――今度はもう、離さない。
窓の外に新しい一日の気配が満ちていく中、二人を包む空気だけは、まだ夜の静けさを残していた。

