最近の悠真は、ほんの少しのことで表情を曇らせるようになった。
友達と楽しそうに話しているだけで、横から静かな視線を感じる。
「……そんなに笑うんだ」
ぽつりとこぼした声は拗ねた響きを含んでいて、私は慌てて笑った。
「違うよ。ただの雑談だよ」
そう言って腕をつかむと、彼はようやく安心したように目を細めた。
――それでも。
気づけば、そんな場面が増えていた。
少しでも遅く帰ろうものなら、彼の冷たい視線が背中を刺すように感じる。
大学最後の夏、課題に時間がかかり、連絡を入れたけれど少し遅れてしまった。
部屋に入るなり、悠真は低い声で尋ねる。
「……誰といたの?」
「友達と一緒に。課題終わらせなきゃいけなくて」
そう答えると、彼は何も言わず、ただ私を抱き寄せた。
その腕は、まるで二度と放さないと誓うように強く。
私は苦しいほどに胸を締めつけられながらも、抵抗できなかった。
「お疲れ様。無理はしないでね」
耳元に落とされた言葉は甘く、重い。
「悠真……」
思わず声が震む。彼の気持ちが強すぎることには気がついていた。
でも同時に、それに応えたいという気持ちも胸にあった。
わかってる。悠真は私を心から愛してくれている。
こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれる人なんて、彼しかいない。
だから、応えなきゃいけない。
不安にさせるのは私のせい。
大好きな人が離れていく不安を、私は誰より知っているから。
「……うん。いつもありがとう」
そう言葉にすると、彼はようやく表情を緩め、深く長いキスを落とした。
そのあとも、悠真は離れずに腕を絡め、私の手を握ったまま言う。
「誰にも触れさせないで。俺だけ……ずっと、ひなを見てたい」
胸の奥で小さな痛みが広がる。
息苦しいはずなのに、どうして私はこんな悠真を――愛しいと思ってしまうんだろう。
ひなはそっと目を閉じ、心の奥でつぶやいた。
『悠真……どうしてこんなに、私だけを欲しがるの?』
その愛は重く、鎖のように私を縛った。
その度に、彼の心のすべてが見える気がした。
何度でも、強く抱きしめたいと思った。
――これは幸せなことなのだと、胸に刻み込んでいた。
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青空の下、悠真と手をつないで街を歩く。
少し前に話していたカフェに向かう途中、同じ学科の男の子とばったり出会った。
「ひな!もしかしてデート?」
そんな問いかけに、自然と笑顔で答えていた。
「そうだよ。こんなところで会うなんてね!」
「ほんと、びっくりした。また明日大学でな!」
「うん。また明日ね」
その瞬間、悠真の表情が曇った。
「……誰?」
声は低く、少し強張っている。
「同じ学科の人だよ。ちょっと話しただけ」
悠真は黙ったままひなの手を強く握り、自分の腕に引き寄せた。
「他の男に優しくするな」
柔らかい言葉の端に潜む、鋭い嫉妬。
「‥‥‥わかった。ごめんね」
ひなは少し困惑しながらも、彼の心が不安でいっぱいなのを感じた。
その日の帰り道、悠真はほとんど口をきかなかった。
ただ、強く握られた手の温度だけが伝わってくる。
(……怒らせちゃったのかな)
胸の奥に小さな不安が広がっていく。
部屋に戻ると、悠真は無言でグラスに水を注ぎ、ひなの前に置いた。
「ありがとう」と言って受け取ると、彼はようやく微笑んだ。
――でもその笑顔は、どこか脆くて危うい。
「ひなは、俺だけ見ててくれればいいよ」
小さな声でそう告げられ、ひなはただ頷いた。
そのときはまだ気づいていなかった。
積み重なった嫉妬が、2人の関係を壊していくことを。


