蝶々のいるカフェ

 平日の午後、私はいつものカフェにいた。席には日差しが入り込んでいたが、まぶしいほどではない。

「かしこまりました。アメリカンとイチゴのショートケーキですね」

 バイトの恋ヶ窪さんの声がした。テキパキと仕事をしている。以前とは見違えるようだ。

 うん?

 あらためて店内の様子をうかがっていると、見慣れない店員が居た。

 他の席の注文を受けているようだ。

「ごっご注文はお決まりでしょうか?」

「えーと、カフェラテとチーズケーキで」

「かっかしこまりました」

 緊張しているようだ。新人のバイトかな。

カウンターへ戻ろうとすると、恋ヶ窪さんがその新人だと思われるバイトに話しかけていた。

「そんなに緊張しなくては大丈夫だよ。あと、メニューの復唱を忘れずにね」

「はっはい。わかりました!」


 しばらくして、私の席に恋ヶ窪さんが注文を受けに来た。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「エスプレッソと、ショートケーキをお願いするよ。ところであの子は新人のバイトかな?」

「はい。昨日、入ってきたんですよ。まだまだ至らぬことがありますが、よろしくお願いしますね」

 私はあの子を見て、入ってきたばかりの恋ヶ窪さんを思い出した。

「君も新人の頃はもっと酷かっ……」

「しっ、ダメですよ。そういうことを言っちゃ。示しがつきません。指導がしづらくなってしまいます」

 客がさきほどより増えてきた。

 恋ヶ窪さんと新人バイトがいそいそと店内を動き回る。


 私がすでに注文したエスプレッソを飲んでいると、隣から不満そうな声がした。

「チーズタルトを頼んだのに、チョコタルトがきたぞ」

「すっすみません。すっすぐにお持ちします」

 新人のバイトがペコペコと謝っている。

 すかさず、恋ヶ窪さんが新人のバイトの脇に立った。

「チーズタルトをすぐにお持ちします。お代は結構です」

「いいよいいよ。チョコタルトも嫌いじゃないし。お代も払うから気にしなくていいよ。ただ、間違えを指摘しただけだよ」

 恋ヶ窪さんも頼もしくなってきたな。

 窓の外を見ると、先ほどより暗くなってきた。

「まだ、暗くなる時間じゃないのだが」

 そう呟くと……


 ザ~~~~~

 急に雨が降ってきた。急に天気が変わるなんて、この季節にしては珍しいな。

 カランカラン……

 カラン……

 カランカラン……

「いらっしゃいませ~!」

 急に客が入ってきた。雨宿りだろうか。それにしても客が多い。ここまで多いのは初めて見たかもしれない。

 客席はすべて埋まってしまったようだ。

「小川さん、座席の2と7の片づけをお願いしますね」

 恋ヶ窪さんが頑張って指示をしている。店員札を見る限り小川とは、新人のバイトの名前のようだ。

「お待たせしました。カプチーノでございます」

「キッチンからイチゴショートを出して!」

「マスター、カフェ・マキアート頼みます!」

 恋ヶ窪さんが大きな声を出す。

 そういえば、以前はアプリだと見える蝶々も一緒に手伝っていたな。そして、視線をモニターへ向ける。

 モニターでは蝶々が恋ヶ窪さんを導いている様子はうかがえなかった。

 と言うことは、もう一人でいろいろと仕事をこなせるんだな。


 窓の外を見ると、雨はやんでいた。

 店が少しずつ空いてきた。

 客も減り、ひと区切りが付いた瞬間。「疲れた~」と恋ヶ窪さんが体の力を一気に抜いた感じで、ガクッと椅子に腰を掛けた。

「おつかれ。よく頑張ったね」

 マスターがアイスコーヒーを恋ヶ窪さんと小川さんに差し出した。

「こんなに頑張ったのは、初めてかも」

 さっきまでの表情とは違って恋ヶ窪さんは笑顔で話をしていた。


「ごちそうさま。今日は良い物を見られたよ」

 店のみんなが充実感に浸っている中、私は店を出た。