「優太、結婚やって」
「……分かってるけど」
「傷ついた?」
「当たり前でしょ。塩塗りこまないでよ」

 千颯は謝ることもなく黙り込む。惨めな女にかける言葉を探しているのだろうか。沈黙に耐えかねた私はパスタを食べてくれたことへのお礼の言葉をかけた。

「ええて。残すのもったいないしなぁ」
「私もトマト食べれなかったら、なんか違ったのかな」

 いつものように大好きなフレッシュトマトのパスタを注文したのに、食欲は一切湧かなかった。ぐじゅぐじゅに煮込まれて、エアコンの風で乾いていくトマトは私の心のようだ。優太は、私がトマトのパスタを完食できると知っている。だから、声をかけなくても大丈夫だと思ったのだろうか。それとも、もう私など眼中になかったのだろうか。

「トマトを恨むのは違うで」
「恨んではない……」

 昼間の熱を残したぬるい風が吹いた。千颯の狐色の長い襟足が柔らかくなびいている。その軽やかな動きを羨ましく思いながら見つめていた。

「なあ、美代子(みよこ)

 千颯が急に立ち止まる。私は三歩分の距離を保ったまま足を止めた。

「なに?」
「俺に慰めさせてくれへん?」
「どうしたの急に。いいよ、面倒でしょ」
「んー、そないなことあらへんで」

 振り向いて、襟足をするりと撫でる姿はまるで踊っているかのようだった。

「優しくしたら俺に惚れたりしてくれへんかなーって、思とるんやけど」

 思いもよらない言葉に私の思考は停止した。夜風が千颯の前髪を踊らせる。恋愛感情は一切ないのに、私はまたその美しさに見惚れてしまう。