夜風に狐色の前髪がふわりと踊る。ツンと上がった強気な目が私をじっと見つめる。居心地が悪いのは千颯(ちはや)の発言がにわかには信じがたいからだ。

「面白くないよ、そういう冗談」
「冗談ちゃうて」

 あは、と軽く笑い飛ばして千颯は私との距離を詰めた。

「ちゃんと考えてくれへん?」

 私は今、それどころじゃない。千颯のことを考えている余裕などない。それは千颯も分かっているはずだ。
 今日は人間もアスファルトも溶かす勢いの晴天だった。それなのに、私はずっと気持ちが晴れないままだった。一人の男のせいで。

◇◇◇

「俺、結婚するんだ」

 高校生の頃から行き慣れたファミレスなのに、今日は落ち着かない。眼前で私の想い人は幸せそうに笑っている。いつもと違うのは、隣に同じ指輪を付けた女性を連れていることだった。

「おめでとう」
「おめでとさん」

 私が心にも無いことを呟くと、隣の千颯も続けて二人の幸せを喜んだ。優太(ゆうた)はニヤけ面のままお礼を言う。喉がキュッと苦しくなるのを感じた。
 優太はふと、彼女の食が進んでいないことに気がついて話しかけている。彼女がトマトが苦手だと言えば、優太が代わりに食べてやっていた。
 ねぇ、目の前の幼馴染が注文したパスタは、一口も食べられずに乾いてきているよ。
 そんな独り言を心の中に閉じ込めて、水を一口飲んだ。私はずっと見つめているのに、優太とは目が合わない。

「二人の馴れ初め聞いてもええ?」

 ラブラブな雰囲気に割り込んだのは千颯だ。千颯が話を回してくれるおかげで、私はここに座っていられる。楽しそうに回想する二人の目を盗んで、千颯がカピカピになった私のパスタを自分の間食した皿と取り替える。相槌を打ちながら至極自然な動きに、私は止める隙も与えられなかった。