* * *

「おはよう、咲。店番ありがとうねぇ」

 百合子おばあちゃんが起きてきても、私はぼーっとカウンターのイスに座っているだけだった。

「おばあちゃん、もしかして私、頭おかしくなったのかな。幻覚見ちゃったのかな? でもそこにあるのよ、あいつの着てた服が」

 おばあちゃんはきょとんとして私を見る。それから、視線を私が指さす方にずらした。
 そこにたたんで置いてあるのは、樹の服。

「あらあら、天狗の服じゃないの。珍しいわね。三十年ぶりくらいかしら、うちを訪ねてきたのは」
「ゆゆゆ百合子おばあちゃん! この服見えるのっ? えっ、天狗を知ってるの? 三十年ぶり? 天狗が来たことあるの? 妖怪って実在したの?」

 大混乱で、質問の嵐。
 おっとりしたおばあちゃんは、うんうん、ってうなずいてるだけだけど。
 落ち着いて考えてみたらすごい異常なこと起きてたんだって思ったのよ。じわじわ衝撃が襲ってきたんだから。

「まあ、この服、樹ねぇ」
「知り合いなの……? そういえば、樹も百合子おばあちゃんの名前知ってた……」
「樹はうちに来たことないけど、お店のことは聞いていて知ってたのね」

 くわしく聞いてみたところ、おばあちゃんは昔から、何人もの妖怪と知り合いだったみたいだ。そして、彼らの望む衣装をオーダーで作っていた頃もあるらしい。

「その後私も忙しかったから、あまり交流はなくなっちゃったけど。まだこの町にもあやかし達がとどまっていたのね。嬉しいわねぇ」

 ニコニコして、百合子おばあちゃんは昔をなつかしんでいる。
 もともとおばあちゃんはこの店をやっていて、デザイナー業が忙しい時は知り合いに任せていたんだって。
 百合子おばあちゃんが、すごい人だとは知っていた。世界的ファッションデザイナーだもん。

 その上、あやかし達と知り合い。
 ある意味、他のデザイナーとレベルの違うすごさかも。すごすぎる。いろんな意味で。

「樹のやつ、また来るって言ってたよ」
「そうなの。よかったわね。咲もお友達、増えたわね」

 おばあちゃんは、近所の男の子がうちを訪ねてくるような感じで喜んでいる。
 これって、喜ばしいことなんだろうか……?

「……妖怪の、お客さんね……」

 とにかく私にできることは、樹が次に来た時に紹介するコーデを考えておくことだけだ。
 他のことは考えるの、やめよう。
 頭ぐちゃぐちゃになりそうだし、目の前にある現実を受け止めるしか、ない。

 * * *

「いらっしゃいませー」

 学校から帰って、家に戻り、いつものようにお店に来た私は、カウンターで宿題をやってきた。
 前の時と同じように、空が真っ赤に染まっていたから、来るかなーとは思ったの。

 バサバサッと羽ばたく音がして、やっぱり来たか、とシャーペンを置いた。
 引き戸が開いて、黒い翼がたたまれる。
 立っていたのは、樹だった。

「来たぞ、咲」
「はいはい」

 相変わらず、態度がデカい美少年。
 店の中に歩いて入って来るのを、私は、おや? と思いながら見た。
 今日の樹は一人じゃないみたい。後ろから、誰かがくっついてくる。

「こいつが、話していた咲だ」

 声をかけられて、誰かがぴょこりと頭を出した。
 おかっぱ頭の女の子。
 姿を現したのは、赤いちゃんちゃんこを来た、樹よりは年下の少女だった。

「咲、これは座敷わらしだ」

 さらっと、新しい妖怪連れてきたのね、樹のやつ。
 私はまだ、あんたにも慣れてないのに!

「はじめまして。いらっしゃいませ」

 私がほほえむと、座敷わらしちゃんもニコッと笑った。それから樹にしがみつく。なんだか、樹の妹みたいに見える。

「座敷わらしって確か、家とかについてるんだよね。座敷わらしのついた家には幸福がおとずれるとかっていう……」
「そうだ」

 樹がうなずく。
 そういえば樹、私が渡した服をまた着てきたみたい。相変わらず似合ってるなぁ。

「こいつの悩みを聞いてやってほしいんだ」

 可愛らしい顔をした座敷わらしちゃんは、おずおずと前に出てきた。

「あたし、座敷わらしなの。座敷わらしは、おうちにつく子供なの。あたしも今、とあるうちについてるの……」

 うん、うん、と私はうなずきながら聞いてあげる。

「もっと昔はね、あたしのこと、見える人もいたの。でも、見える人、少なくなったの。でも、仕方ないの、そういう時代だから」

 そういう時代。
 まあ、そうだよね。パソコンとかスマホとかをみんな持つようになった、デジタル化の時代。

 ブルーライトを浴びまくってる目では、妖怪を見るのも難しくなっているのかもしれない。
 ……って、あれ? 私、見えてるよね。全員見えるってわけじゃないなら、私はどちらかというと、少数派なのかな?