…。
……。
…………。
――ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン……
はっと、私は顔をあげた。
夢中になって裁縫していたら、時間が経つのも忘れちゃってたみたい。
壁にかかっている、レトロな振り子時計が音を立てていた。音が鳴ったのは五回。五時だ。
「……なんか……、外が、真っ赤」
窓の外から見える景色が、普段と違って異様な気がした。
空が赤く染まっている。夕暮れのせいでそうなっているんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけどさ。
おどろおどろしいって言うの? 不気味な赤色。
筋になった雲は真っ黒で、またそれが不気味さを際だたせている。
「怖ぁ……」
小さな子供じゃあるまいし、部屋に一人でいるのが心細いなんて思わないけど……店番するのも慣れっこだし。
でも……今日は何故だかいつもと違う感じ。そのせいか、気をまぎらわせようとつい独り言が多くなっちゃうみたいだ。
「あと三十分したら、百合子おばあちゃん起きるしな!」
そうしたら、このビジューの配置についての感想を聞こう。ついでに他のアイテムについても質問をして……。バッグに穴を開けて、チェーンで飾りをぶら下げようとしているんだけど、チェーンの長さを決めかねてるんだ。
だから、ええと……。
『オウマガトキだねぇ』
『オウマガトキって、なあに?』
突然、いつだかの、百合子おばあちゃんとの会話が耳の奥でよみがえった。
『こういう、黄昏時のことを言うんだよ。妖怪だとか、幽霊だとかに出会いそうな、不気味な時間よ』
オウマガトキ。妖怪。幽霊。
こんな時間に、妖怪が現れるの?
「……って、いやいやいや!」
私は大きな声で、自分自身にツッコみを入れる。
「妖怪なんているわけないし! 私は子供か!」
幽霊、妖怪、サンタクロース。そういうものは小学生で卒業したんだよね。
あーあ、もう、臆病でイヤになっちゃう! しっかりして、咲。いくら一時間だけの店番って言ったって、しっかり店を守らなくちゃいけないんだから。
両手でバシバシ顔を叩いて気合いを入れた。
その時だった。
ドンッ!
「ひっ」
上から、大きな音が響いた。何かが乗っかったような音だ。
「何? ね、猫? それとも……!」
サ……サンタクロース……!?
なわけないか。クリスマスじゃないんだから。
でも、絶対乗っかった音がした。屋根に何かが乗ったんだ。
とりあえず立ち上がったけど、怖くて体がこわばる。
だって……屋根に何が乗っかるっていうの?
ド、ドン!
「ひゃっ……」
ヤバいヤバい。屋根を踏みしめてる。移動してる!
猫じゃないし、ましてやサンタなわけないし、だとしたら、泥棒?
百合子おばあちゃんを起こすべき? その前に、武器をさがした方がいいかも! バットとかないかな……!
あわてて辺りを見回していると、店の入り口の方で、「ドサッ」という音がして、私は飛び上がった。
う……ウソウソ、ヤバいって、誰かいる!
屋根から転がり落ちた何かが、すりガラスごしに立ち上がったのが見えた。
多分、人だ!
じゃ、絶対泥棒じゃん!
だって屋根から落っこちて、古着買いに来ましたエヘヘ、なんてお客さんいないでしょ!
「ひゃく……ひゃくとーばん!」
スマホも持ってない私は、店の電話から通報するしかない。
とりあえず、お巡りさんだ警察だ!
震えそうになりながらも足を一歩踏み出す。
――ガラガラガラ。
戸が、開いた。
そして私の放った言葉とは。
「いらっしゃい……ませぇ……」
あいさつだけは自信あるからね。
よくほめられるもん。咲ちゃん、いつも元気にあいさつしてくれるねって。たまに来るお客さんにさ。
……じゃなくて。
何をのんきにあいさつしてるの! というツッコミはさておき。
絶対、ヒゲづらの怖い顔したおじさんが立ってると思ったんだよ。
が、しかし。
ゆっくりと入店してきたオキャクサマ(?)は、意外と背が低かった。中学生くらいかな。まだ子供だ。
ただ、なーんだ、よかった。とは思わなかった。
だってその男の子は、変なところがたくさんあったから。
一つ目。美形。
うちの学校では見かけないレベルの美少年だった。髪が黒くて、目は切れ長。確かに子供なのに、どこか大人っぽい目つきをしている。思わず目を奪われるような麗しい顔立ちだ。
二つ目、ボロボロ。
服があちこち破けていて、転げ回ったみたいに土汚れがついている。ケガもしているらしかった。
三つ目、変わった服。
コスプレかなーと思うような、白い着物みたいなものを着ていた。しかも、足下は下駄。
四つ目、背中から、羽が生えてる。
黒くて大きな羽だ。入店してからすうっとたたんで、コンパクトになったけど、確かに羽が生えている。
やっぱりコスプレ? コスプレ美少年?
ねえ。私、まず何をツッコんだらいい?
泥棒よりも衝撃的な存在の登場に、私の脳味噌はフリーズ中。
一方の美少年は、店の中を見渡し、私に視線を向けた。
「……旭百合子はどうした」
「え……百合子……おばあちゃん……ですか? 寝てますけど……」
動かない頭を働かせて、どうにか答えた。
まだ三十分しか経ってないから、百合子おばあちゃんは寝ているはずだ。
で、この人は誰なの? 何で百合子おばあちゃんのこと呼び捨てなの? おばあちゃんの知り合い?
もうやだ、これ以上混乱させないで!
「そうか……百合子は寝ると滅多なことで起きないというしな……」
少年は言う。
「あの、ところで、何の用でうちに?」
「ここは服を売っているんだろう。見ての通り、俺の着てるものはズタズタになってみっともない。ここで新しいものを調達していこうと思ったんだが」
ってことは、お客さん?
私はちょっぴり、ほっとした。だってこのわけのわからない状況の中で、一つだけわかったことがあったんだから。
「お前は何だ? ここで何をしている?」
うん……この少年、顔はいいけど口が悪い。初対面で「お前」だもん。
「私は百合子おばあちゃんのひ孫。おばあちゃんが寝てる間、店番をしてるの」
私は改めて、ジロジロと少年の様子を観察した。
「あの、少し待ってて」
店の奥に走っていくと、ガーゼや消毒薬なんかを持ってきた。少年は憮然とした表情で差し出されたその手当てセットを見ている。
「これは?」
「ケガしてるから……」
服より、まずは消毒でしょ!
でも、少年はぴんとこない様子だった。
「大したことはない」
「あるってば! じっとしててよ」
私、服のこと意外はがさつだから、手当ての仕方ってよくわからない。濡らしたガーゼで顔の傷を軽く拭ってみたけど、少年の言う通り、案外大したことはなかったみたいだ。傷なんてほとんどない。
愛想のないヤツだけど、私の手を振り払ったりせずに黙ってされるがままになっていた。
でも、めちゃくちゃガン見してくるから、居心地は悪いな……。
「それで……あなたはうちに服を求めに来たって言ったよね? どんな服がいいですか?」
また、じーっと少年に見つめられる。



