* * *
その日、訪ねてきたのは樹一人きりだった。
「いらっしゃいま……って、どうしたの、その顔!」
樹は顔に擦り傷や切り傷をつくっている。本人は何も気にしていない風だったけど、かなり目立つケガだった。
そういえば、最初に来た時もこんな風にケガをしていて、服もボロボロになってたんだよね。
「人間じゃないから、すぐ治る」
「そんなこと言ったって……何があったか教えてよ」
そつのない樹だから、まさか飛ぶのを失敗して転んだ、なんてことではないはず。
樹は話したがらなかったけど、「あれだけ私にいろいろ頼んでおいて、私が聞きたがってることには一つも答えない気なの?」と詰め寄ると、渋々教えてくれた。
「……ケンカだ」
「ケンカ、ねぇ」
優等生っぽいイメージだから、誰かとケンカをするなんて意外だ。
「俺からケンカをふっかけたりはしない。一方的にからんでくるから、面倒なんだ」
「相談できるような人はいないの?」
「俺の問題だから、相談なんてしない。……この話はやめだ」
今日は樹が来るのが遅くて、百合子おばあちゃんが起き出す時間と重なった。おばあちゃんは樹の顔の傷を見て少し驚いてはいたけれど、何か察したのか、あまり質問はしなかった。
その代わり、「お茶でも飲んでいってね」と湯飲みに入った煎茶を運んできた。
「俺の着物はどうなった?」
「それが、まだ時間がかかるのよ。ごめんなさいね、樹」
ボロボロになった樹の服は百合子おばあちゃんが預かっていた。
でも樹の服は特別な繊維でできているから、その材料を取り寄せるのにかなり時間がかかってしまっている。
「そうか……」
樹はどこか沈んだ様子で、お茶をすすっていた。元気がないように見えたから、私は思わず「その辺一緒に、散歩しない?」と誘ってしまった。
樹はちょっとだけ黙っていたけど、「お前もやっとそういう気になったか」と言って立ち上がるから、私もそれについていく。
……うん? そういう気って、どういう気?
首をかしげながらも、後のことは百合子おばあちゃんに任せて、私と樹は店を出た。
公園の遊歩道を並んで歩く、私と樹。
今日は休日で、公園の人手も多かった。
前の方から、高校生くらいのカップルが歩いてきて、すれ違った。手を繋いで寄り添い、すっごく仲が良さそう。
自然が多くて花も咲いてて、アイスクリーム屋さんも出店してたりするから、デートでここに来るカップルもちらほら見るんだよね。
あれ、私と樹ももしかして、はたから見たらそういう風に……――って、何考えてるの私は!
隣の樹をチラ見すると、樹は空を見上げていた。
幸いこんな夕焼けだから、私の顔が多少赤くなってたって、バレたりはしないだろう。
「お前があやかしの相談にのってくれて助かった。俺は人間の事情にくわしくないし、見た目を変えたがっている者がいることを、あまり知られたくないヤツも多くて、誰に相談するか頭を悩ませていたところだったからな」
樹はどう見てもまだ子供だけど、いろいろ考えることがあって大変みたい。みんなから「樹様」なんて呼ばれて親しまれてるし、人望あるんだよね。
「まあ……、最初は戸惑ったし、あんたのこと、強引なヤツだなーって思ったけど、事情があるんだなってわかったよ。コーデのことならこれからも相談にのるし、できる限り力になるね」
「お前ははっきりした性格だな」
「まあね」
樹がふっと笑みをもらした。
「そういうところが、俺は好きだ」
……好き、だ?
私は、まばたきを繰り返した。
うーんと……。はっきりした性格が、好きだ。ってことだよね?
そうだ。そうに決まってる。
私は急にキョロキョロし始めた。
う~~! どうしてしょっちゅう会ってるはずの樹を見て、あらためて美少年だなーなんて見とれちゃうんだろう!
なんか、今日の私はどうかしてる!
勝手に気まずくなって、助けを求めるように視線をさまよわせていたところ、見覚えのある人影を見つけた。
「あれ……日向寺さん?」
いかにもカレシっぽい男子と手をつないで歩いていた日向寺さんが、その人と別れて、こちらに向かってくる。
その途中で私の存在に気づいたみたいだ。
「あ、瑞野さん……また今日も服装攻めてるね」
「そう?」
今日は上下大きなチェック柄の入ったジャケットとパンツで、モードファッションだ。
日向寺さんは、ちらっと樹のことを見る。
「瑞野さんってカレシいたんだ。意外……」
「あーあー、違う! 付き合ってない! 友達!」
変なウワサを学校で流されたらたまんないもんね……。手と頭をぶんぶん振って、一生懸命否定しておいた。
同じクラスの日向寺さん、と樹には説明して、少し離れていてもらう。一応妖怪だし、日向寺さんにあれこれ詮索されちゃマズい。
ん? そういえば樹って妖怪なはずだけど、日向寺さんにはちゃんと見えてるんだ。
「瑞野さん、流行りの服着ないんだね」
「流行り……」
ちまたで一番流行ってるファッションにいつも身を包んでいないっていう意味ではそうかもしれない。
好みはあるけど、いろんなジャンルの服に興味があるし、気に入れば着る。興味がなければ着ない。
「私は、着たいもの、着るから。オシャレってそういうものじゃない? 流行りのもの着てもいいし、流行っていないもの着てもいいし、着たいもの着なくちゃ」
私としては当たり前のことを言っただけなんだけど、日向寺さんはどうしてかムスッとして不機嫌そうだ。
何か、気に障ることでも言ったっけ……?
私は日向寺さんの今日の服をながめていた。
相変わらず、隙がない。中学生の現役モデルですって言われても納得な服装。みんながあこがれる、パーフェクトガール。
家が近いから時々、私服姿の日向寺さんを目撃したけど、やっぱり日向寺さんはいつでも可愛くて。
中学生なんだから、まだそこまでしなくても、ってくらい、きちんとオシャレしてた。
先輩のカレシとはラブラブだっていうし、すごく毎日楽しそう。
なのに……。
「日向寺さんって、いつもどこか窮屈そうだよね」
私の悪いクセなんだけど、思ったことを、ついポロッと言っちゃうんだよね。
はっきりしてると言うと聞こえがいいんだけど、たまに相手を怒らせる時もあって……。
今回もそうだった。
「瑞野さんに……」
キッと、鋭い目つきで日向寺さんににらまれる。
うわあー、またやっちゃった。
「瑞野さんに私の気持ちなんて、わかるわけないよ!」
両手を握り拳にして、日向寺さんは大声でぶちまける。
思っていた以上に怒らせてしまったことに驚いて、私は目をむいた。
唇をワナワナ震わせて私をにらみ続ける日向寺さん。
わあ、リップにネイルもしてて、女子力高いなぁ。なんて、怒られてる私は内心のんきに感心していた。
そのまま何も言わず、日向寺さんはきびすを返して、立ち去っていってしまう。
「終わったか」
樹が近づいてきた。
「ケンカか?」
「そういうんじゃないんだけど……」
日向寺さん、なんであんなに怒ったんだろう? 私はなんとなく思ったことを言っただけで、日向寺さんの逆鱗に触れた理由がわからなかった。
「もしお前がアイツに困ったことをされたなら、加勢するぞ。風を起こして吹き飛ばし、こらしめてやろう」
キレイな顔をして、突然物騒なことを言い出したわね、コイツ。
「だからケンカじゃないんだって……。あんた、自分からは手を出さないんじゃなかったの?」
「自分のことならな。だがお前が困っているなら別だ。風で飛ばして脅すだけだ。ケガはしない」
「いいってば!」
「お前には世話になっているし、借りがある。何かあれば必ずお前を守るからな」
「わかったって! もう……ありがと!」
真顔で言わないでよ、照れるから!
……それにしても、日向寺さんって、いつも余裕でハッピーでーす、って日々を楽しんでる女子に見えたけど、実は悩んでることもあるのかもしれない。
当たり前か。
だれだって、悩み事の一つや二つあるよね。
私も樹も、日向寺さんも、あやかし達も。
そういうことを抱えて、毎日過ごしているんだよね。



