また別の日。
 今度来たお客さんは、貧乏神だった。
 貧乏神はついた家を貧乏にする神様で、うちわを手に持ち、名前の通り貧乏そうな格好をしていた。
 顔色の悪いおばあさんで、むっつりと難しそうな表情をしていた。

「先日、のっぺらぼうのヤツに会った。いやはや、驚いたわ。なにせアイツは、黄金の衣を身にまとっておった。まぶしくて、度肝を抜かれたわい」

 その前は地味な着物を着ていたからなおさらだよね。
 なんて言ったらいいのかわからなくて、私は「アハハ……」と笑ってごまかした。
 もしかしたら、「けしからん!」って怒られるかもしれないもんね。怖いなぁ……。
 けれど、貧乏神のおばあさんが口にしたのは、想像もしない、意外な言葉だった。

「わしも少し、着飾ってみたいと思ってのう」
「はあ、なるほど」
「わしは見ての通り、貧乏神じゃ。貧乏神は、みずぼらしい身なりをしていなければならない。そうしなければ説得力がないからの。いわば、この服は仕事着じゃ。不満というほどの不満はない」

 だがのぅ、と貧乏神はため息をついた。

「四六時中みすぼらしい格好をしているのも飽いたわ。第一、大昔からこの姿だから、時代に合わんと思うんだな。咲とやら、ちょいと知恵を貸し、現代風にわしの服装を工夫してみてはくれんか」

 今時着ないような、ぼろぼろの着物だもんね。
 そのことについて、樹は「服を現代風にするのは、オシャレ以外にも狙いがある」と言った。

「同じ時代の服に身を包めば、現代の人間にとってあやかしがより近しい存在となり、認識する者が増えるかもしれないからな」

 ということだ。
 私は暗い色をしたカーディガンや、ロングスカートなどをそろえてみた。
 スカートはつぎはぎをしたものだ。
 つぎはぎというのは、昔は貧しい人がやっていたものだったらしい。穴が開いたからといって、簡単に新しいものを買ったりはできない。

 だから、穴の部分に別の布をあてて、つぎはぎして長く使っていた。
 でも、このスカートはオシャレの意味で布がつぎはぎされている。
 昔は必要にせまられてやっていた服の修繕が、時代が変わるとオシャレでやるようになるんだから面白いよね。

「わざとみすぼらしい感じを強調しなくてもいいと私は思っていて……」

 服は地味な色合いで、ごちゃっとした印象に。
 でも貧乏神、という感じも出したいから、長い白髪を三つ編みにして、髪をわざとほつれさせてみる。

「ふうん、なるほど。いいのう」

 貧乏神様もご満悦だ。
 うちわはアンティークの扇子に変更。
 私は妖怪図鑑で貧乏神のことも読んで勉強していた。

 貧乏神というのは、ついていた家から出て行くと、その家に福をもたらすことから、福の神に転じると言われている。
 福をもたらす予感をさせるように、金の耳飾りをつけてみてもらった。

「なるほどのぉ。小ぎれいになったものだ。どうだ、樹よ」

 樹はうなずいて見せた。

「あなたが納得いくのなら、よいのでは」

 貧乏神も満足がいったようで、私にお礼を言って店を出て行った。


 お次のお客さんは、騒がしかったっけ。
 キャアキャア騒ぐ人が苦手らしい樹は、ちょっとうんざりした様子で女の人を連れてお店にやってきた。

「……って言うんですよ、ヒドいでしょ! 樹様ってばぁーーーー!」

 おいおい泣いているのは、とても美人で色白の女の人だった。白い着物を着ている。
 私は樹に近づいていって、ちょいちょいと腕をつついた。

「カノジョ?」
「馬鹿」

 樹ってば、こんな大人なお姉さんと付き合ってるのかと思ってぎょっとしちゃったよ。
 ……いや、樹が誰と付き合おうと私の知ったことではないけどね!
 着物が似合う和風美女は、「あなたが咲さんね……ウワサは聞いてるわ」と鼻をすすって言う。

「私ね、人間のカレシがいたんだけど、フラれちゃったの! わあーん、ヒドいわヒドいわ、すごく努力したのにぃ!」

 おいおい泣き続けるこの人は、雪女だと樹が紹介する。
 言われてみれば驚くほど色白で、どことなく冷たい印象の女の人だ。でも、雪女が人間の男の人と付き合うなんて、驚き。

「あやかしと人間が夫婦になるという話は昔から珍しくはない。近頃は、人間の世界にやってくるあやかしが多いから、以前より増えたくらいだ」

 雪女さんみたいな見た目だと、普通の人間とあまり違いがないから、付き合うのも支障がないのかもしれない。

「私を見てると、なんだか寒気がするってみんな言うのよ。顔色悪いし、病気みたいだって。ヒドいでしょ? 冷たそうで、一緒にいてもテンション上がらないから別れようって言うの! 三日も付き合ってないのに!」

 それはヒドい。雪女さんが嘆くのもわかるわ。
 ただ、相手の男の人が言うのも全くわからないではないかな……。雪女だからだとは思うけど、見ているとうっすら背筋が凍るような。

「じゃあ、こうしたらどうですか? 見た目だけでもあたたかい雰囲気にするんです」
「あたたかい雰囲気?」

 雪女さんは泣くのをやめた。
 私が持ってきたのは、メイクセットだ。私はまだ中学生だからほとんどメイクなんてしないけど、メイク系の動画を見るのは好きで、よく勉強している。
 こんなこともあろうかと、ファッション系の専門学校に通っているお姉ちゃんに頼んで、メイクセット一式を借りていたんだ。

「今は、赤いリップを塗るのが流行りなんです。それだけで、血色もよく見えるし……チークも入れてみたら?」

 メイクをほどこし、髪型もアイロンで巻いてふんわりした結び方にアレンジする。ネイルはベージュ。
 雪女さんは寒色系――氷や水を連想するような、青いものを好んで身につけることが多かったみたい。

 今回は思い切って、暖色系――つまりあたたかい印象を与えるワンピースに変えてみた。
 日向寺さんみたいな、ハズレなし! イマドキ! モテカワ! ガーリーファッション!
 というものに仕上げてみる。

「あら、カワイイ。モテそうだわ~」

 雪女さんは嬉しそうに、お店の姿見の前でくるくる回っている。
 回る度に冷気が頬をなでるのが気になるけど……雪女だから仕方ないんだよね……。

「新しい恋に頑張るわ。これからはちょっとした冷気でも気にならないってくらい、男をとりこにして見せるわね!」

 あの美貌なら、それも難しいことじゃないだろう。

「咲さん、ありがとう。咲さんにカレシができたら、私に教えてね」

 雪女さんと握手をすると、とびあがりそうなくらい冷たかった。けれど笑顔は別に冷たくもないし、この人ならまたいい恋を見つけられる……かな?
 こんな具合に、私はあやかし達のコーデを考え、ファッションのアドバイスをして過ごし、退屈しない日常を送っていた。